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偽悪者な僕は男の娘!?  作者: 魔桜
高校生編~Bパート~
25/50

激動のグラウンド!(上)


 夕陽は恥ずかしそうに、半身を地平線に隠している。

 周りの空は、蜃気楼のように揺ら揺らとしながら、夕陽の輪郭をぼかしている。いつもよりも長く見える影は、ぴったりと僕の歩幅に合わせながら、付き添ってくれている。

 だから、影の上に居座るバスケのゴールポストの影が邪魔だった。影と影が重なり合わない場所に移動して、ようやく安心する。

 こんなに遅くまで残ったのは初めてだなあ……。

 グラウンドには、お遊びではなく、真摯に部活動に取り組む人間しかいなく、人の塊はまばら。

 そこにはサッカー部もいて、思わず顔を顰めてしまう。

 ……うっ、嫌なことを思い出してしまった。

「ひゃあ!」

 おまけとばかりに砂を纏った、正面から吹く突風が、僕のひらひらのスカートを捲り上げようとする。

 前は鞄で風よけ。

 それから空いている手で、後ろのスカートの端を押さえる。

 そして挙動不審な人みたいに、キョロキョロ。

 ……ふぅ、どうやら誰にもパンツを見られなかったみたいだ。うーん、今日はちょっと起床するのが遅れちゃって、白と青のボーダー色。なけなしの勇気を振り絞って、自分で購入したものの、よくよく考えてみると、あまりにも子どもっぽい。

 どうせ見られるなら、茜義姉さんに貰った、色気のある黒レースを履いてくればよかった。

 でも、高校生で黒レースってどうなんだろう? 見られたら引かれちゃわないかな?

 そもそも、高校生ってどんなパンツを履くんだろう? 今日帰ったら、白鷺さんにでも聞いてみよっ! そうだよ、それが一番手っ取り早い!

 良かった、良かった。

 あはははは。

「――って、全然よくないよ!!」

 思わずひとり乗り突っ込みをしちゃったよ!

 がくっ、と糸が切れてしまったマリオネットのように、片膝をつき項垂れる。

 なんだこの、女の子女の子した考え方はッ……。

 外見を着飾って、心まで蝕まれていたようだ。この学園に在学している限り、どんどん女性らしくなっていきそうな自分が恐い。

 ばさっと、長い髪の毛が視界を覆い、傍から見れば、まるで井戸から這い出てくる女の幽霊のようだろう。

 悄然としながら俯いていると、足元コロコロと懐かしいものが、運命に導かれたかのように転がってきた。

 それは、バスケットボール。

 僕は、懐古の情が心の中で沸き立つのを感じながらも、固定した視線を、動かすことができなかった。

 追い縋るようにボールに触れると、手のひらにざらざらとした無数の突起物。

 ボールに刻まれた黒く、少し凹んだ溝に撫でるように指を滑らせると、懐かしい感触が僕を歓迎してくれる。

 胸が熱く疼き、好奇心が首をもたげる。

 今の僕は、どれだけブランクの影響を受けているのだろうか。

 どれだけ全盛期だった自分に近づけるだろうか。

 注意深く周りを見渡して、ドリブルを小刻みにし始める。手に吸いついてくるように、ボールは僕の思うがままだ。

 クレシェンドに威力を上げながら、胸のビートも高鳴り始める。

 このはしゃぎようは、ただの子どもだな。

 自然と緩む頬と、躍動する魂に嘘をつけない。

 そうだ、僕はこれがしたかったんだ。

 新しい家族ができた僕は、ずっと続けていたバスケを辞めざるを得なかった。

 金銭的にも、時間的にも、精神的にも。

 碧さんは「私たちのことは気にしないで、自分のしたいことをしなさいね」なんてつくり笑いを浮かべていたが、無理して言っていたに決まっている。

 僕がバスケ部を辞めると言い出しても、何も言わずに承諾したし、この学園に有無を言わせず放り込んだのも、授業料や寮の家賃など、生活に関わるものがもろもろ免除されたからだろう。

 それがきっと、血の繋がらない僕ら、ハリボテの家族の限界なんだ。

 いや、今は――

「集中ッ!!」

 研ぎ澄ました感覚は、そよ風に乗って耳を擽る、様々な雑音をミュートにする。

 ゴールポストと僕の距離は、あの頃腕が攣っても、馬鹿みたいにシュート練習を続けた距離。目算ながらも間違えることはない、フリースローラインより外側の間隔域。

 つまりこれは、スリーポイントシュート!

 折り曲げた膝をクッションに、足をバネにしてボールを放る。

 無意識と意識の境界線を、いったりきたりしながらも、なんとか無心で打てた、そのシュート。

 ボールは回転しながらも、美しい弧をグラウンドの片隅に描きながら、ゴールポストへとたどり着く。

一度も無情に弾かれることなく、しゅるしゅるとゴールポストとボールとが擦れる音だけが、僕の鼓膜を響かせる。

 この珠玉の時間は、確かにいま――僕だけのものだ。

「……よし」

 ターン、と跳ね上がり、僕の手元に戻ってくるボールを、僕は温かく抱擁する。

 完璧には程遠く、全盛期の自分には足元にも及ばない。

 だけど、僕は何かを取り戻した。

 そんなどうしようもない錯覚に見舞われた気がした。


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