009 困ったときはお互い様
「なにか飲むか?」
「紅茶、飲みたい」
抑揚のない声だった。
「Tバックならあるけど」
「それで、良い」
さすがイギリス人らしく、紅茶が好きなようだ。寛太は紅茶を作り、彼女へ差し出す。
「ほら」
「ありがとう」
「日本語、上手だな」
「MI6所属だから」
「そんな機密情報、バラして良いのかよ?」
「貴方は、直感的に信頼できるから」
目の前にいる銀髪少女が、壮麗グループ幹部の子どもだと知ったら、どんな顔をするのだろうか。まぁ、今は友好的であるべきだとも思う。
「それで、MI6所属の⋯⋯名前は?」
「シャーロット・テイラー。偽名だけどね」
「だろうね。偽名じゃなかったら、相当イカれてる」
「貴方の名前は?」
「西野か、千尋」
こちらも偽名だが、事情があるので仕方ない。
「西野千尋⋯⋯、どこかで聞いたような」
「ありふれた名前だしね」はぐらかす。「ところで、なんでシャーロットは私の家のベランダにいたんだ? ここ、3階だぞ? 普通、落下しないだろ」
「壮麗の連中に追われてた」
「壮麗の?」
「今、この世界は3つの勢力に分かれている。壮麗に与するものと、壮麗と対峙するもの、そしてそれらを巧妙に利用する無法者」
「で、シャーロットは壮麗と対峙して逃げおおせたわけだ」
「いや、私はMI6だけど、同時に無法者」
「は?」
「イギリス諜報機関のライセンスも所有してるけど、私の本質は無法者。刑務所内で、MI6のライセンスを獲得したから」
「なかなかイカれてるな」
「まぁね」
シャーロットは紅茶を飲み終わる。そして立ち上がり、あたりをキョロキョロと見渡す。
「どうかしたの?」
「いや⋯⋯私には敵が多いから」
「ここに白昼堂々攻めてくるヤツもいないだろ」
「それでも安心できない」
「職業病ってヤツか⋯⋯」目を細める。「ま、この家には滅多に親も帰ってこない。妹⋯⋯じゃなくて姉はいるけどな。それに、空き部屋もある。とりあえず落ち着くまで、ここへいたらどう?」
「そうして良いのなら、そうする」
シャーロットは、あいも変わらず無表情で言い放つ。
「なぁ、ひとつ良いか?」
「なに?」
「シャーロットは、誰を始末しようと思ってるんだ?」
「言えない約束だから」
「そりゃそうか」
馬鹿正直に暗殺対象を喋るほど、愚かでもない。というか、そんな真似をしていたら暗殺者なんてできないだろう。
「さて、ちょっと埃っぽいけど、ベッドとテレビくらいはある」
寛太は、空き部屋のドアを開ける。その言葉通り、埃っぽくてベッドとテレビしかないような部屋だ。
「ありがとう」
「困ったときはお互い様だよ」
シャーロットは、ベッドにふらふらと向かっていき、そのまま倒れ込んでしまう。よほど疲れているのだろう。傷等もあるはずなのに、彼女はすでに寝息を立て始めていた。
「変なヤツ⋯⋯ふふっ」
銀髪の少女になってから2日。妙に刺激だらけの日々だ。
*
「⋯⋯、」
寛太は目を覚まし、頭に銃を向けられているのを知る。目つきが悪く、髭面の白人がふたり。なにも喋らず、ただ寛太へ手を上げるようにジェスチャーしてくる。
(ツイてねェな⋯⋯)
おそらく、シャーロットに探知機でもつけていたのだろう。それで、寛太がシャーロットを拉致したのだと勘違いしたのか。
寛太は手を上げ、そのまま背後に突きつけられた拳銃とともに、出口へと向かっていく。
(つか、霞はなにしてンだ?)
カテゴリー5の霞がいれば、状況は一気に逆転できる。あの妹が素直に拉致されるわけもないので、なにか理由があるはずだ。
(シャーロットは、すでに回収されたみたいだな。クソッ、災難なんてレベルじゃねェぞ)
ドアへ向かって、エレベーターで下に降りたとき、
ぼぉお⋯⋯、と炎の音が聞こえる。
そこには、ヒットマンを睨みつける霞とシャーロットがいた。




