12年前 ④
十二年前
楠家の庭は、幼い僕たちにとっては果てしなく広大なジャングルだった。僕は、落ちていた適当な太さの木の枝を『聖剣』に見立てて握りしめた。対する舞は、お母さんに借りたストールをマントのように羽織り、頭には雑草と花でまたもやお母さんに作ってもらった『ティアラ』を載せている。
「騎士さま! あそこ! あそこに怪獣がいるわ!」
「……うん。でも、舞、あれはやっぱり……」
庭の隅、縁側の下に、一匹の大きな黒猫が丸まっていた。近所で「ボス」と呼ばれている野良猫だ。彼は僕たちの騒ぎなどどこ吹く風で、悠然と寝転がっている。
「だめだよ! 怪獣だもん! 火を吐く前に、やっつけなきゃ!」
「わかった。じゃあ、僕が前に行くから、舞は後ろにいて」
僕は勇気を振り絞り、木の枝を構えてジリジリと間を詰めた。舞は僕のシャツの裾をギュッと掴み、ひょっこりと顔を出している。
「えいっ!」
僕が空を斬るように枝を振ると、ボス猫は「ふぁあ……」と大きなあくびをして、面倒くさそうに一度だけ僕たちを一瞥し、そのまま高い塀の上へと飛び上がって去っていった。
「やったー! 騎士さまが怪獣を追い払ったよ!」
「……勝った、のかな」
手応えは皆無だったが、舞が僕の腕に抱きついてぴょんぴょんと跳ねるのを見て、僕はなんだか本当に立派な仕事を成し遂げたような気分になった。夜の風が、遊び疲れた僕たちの頬を撫でていく。
「ふふ、二人とも、大冒険だったわね。もうお風呂に入って寝る準備しましょうか」
舞のお母さんの優しい声に促され、僕たちは泥だらけになった手を洗った。その夜、特別に隣同士で並べてもらった布団。シーツからはお日様の匂いがした。
「ねえ、弦君。明日は、もっと強そうな怪獣を倒しに行こうね……」
「……うん。でも、明日はお茶のお稽古がしたい」
「ええー……それは、つまんないよぉ……」
舞の声が、次第に小さくなっていく。小さな寝息が二つ、静かな夜の部屋に重なる。 暗闇の中でも、繋いだ手の熱さだけははっきりと分かった。僕たちは、明日が来るのが楽しみで仕方がないという顔をして、深い眠りに落ちていった。




