茶道ディスコ
楠シズ家元が、凛とした空気を残して部室を去った。引き戸が閉まる微かな音が、終戦の合図だった。それから三秒。彫像のように固まっていた舞が、音を立てて崩れ落ちた。
「し、死ぬ……! ガチで死ぬかと思った……! 肺が縮んで、光合成すらできないレベルの酸素不足だったよ……!」
畳に突っ伏し、悶え苦しむ副部長。先ほどまでの「可憐な家元代理」は、一瞬で電子レンジに入れられたスライムのように溶けて消えた。
「落ち着け、楠。お前は植物じゃないから光合成はしなくていい。それに、そんなに死にそうなら、そのまま『無』の境地へ行けば良かっただろう」
「冷たい! 弦、相変わらず氷河期みたいな心臓してるね! ああもう、この溜まりに溜まった『静寂ストレス』を今すぐ発散しないと、私の脳細胞が抹茶に侵食されちゃう!」
舞はガバッと跳ね起きると、部室の隅に隠していた大きなスポーツバッグへ飛びついた。嫌な予感しかしない。彼女が中から取り出したのは、薄型の円盤状のデバイスと、大量のプロジェクションライトだった。
「……楠。まさかとは思うが、それはなんだ」
「よくぞ聞いてくれました! 名付けて『茶室・ディスコ・フロア・キット』! これ、畳の下にセンサーを仕込むだけで、歩くリズムに合わせて畳が光るし、ダンスミュージックが鳴るんだよ!」
彼女は手際よく、部室の四隅にライトを設置していく。
「さあ、有美ちゃんも佐々木君も立って! おばあちゃんの呪縛から解放された今こそ、お茶のニューウェーブを踊るの!」
「部長……。今の展開、メモしてもいいですか? 『伝統の反動による、人格の不可逆的な崩壊』ってタイトルで」
佐々木のペンが走る。
「やめて、佐々木君。それ記録に残すと舞先輩の尊厳が死んじゃう」
倉本が必死にフォローするが、すでに舞はデバイスのスイッチを入れていた。
ズン、ズン、ズン……。
昨日よりもさらに重い低音が、静かな和室を揺るがす。彼女が畳の上でステップを踏むたびに、本来は落ち着いた緑色であるはずの畳が、サイケデリックなネオンピンクやエレクトリックブルーに明滅し始めた。
「ほら見て弦! 畳が笑ってるよ! 『やっと自由になれたね』って言ってるよ!」 「言っていない。それは畳の悲鳴だ。……楠、今すぐ止めろ。さもなければ、家元を呼び戻す」
「それだけは勘弁してぇー!」
舞が泣きべそをかきながらダンス(のような暴走)を続けていると、窓の外の西日が、彼女の派手なステップを影絵のように壁に映し出していた。




