ゲーミング和室
「……楠。今すぐその、不気味な七色に発光する物体を消せ」
放課後の礼和室。本来であれば、西日の差し込む畳の上で、静かに湯の沸く音だけが響いているはずだった。しかし今、この神聖な空間を支配しているのは、クラブのDJブースもかくやという、派手なゲーミングLEDの光と重低音だった。僕は茶筅を構えたまま、副部長――楠舞を、絶対零度の視線で射抜いた。舞は、僕の殺気などどこ吹く風で、LEDランタンのスイッチをカチカチと切り替えながら、満足げに頷いている。
「何言ってるの、弦。これは『次世代型・光の茶会』だよ。ほら、茶道って地味で暗いイメージがあるでしょ? だからこう、視覚的に訴えかけていかないと」
「訴えかけるな。茶道の『わびさび』は、削ぎ落とした先にある美学だ。七色に光るランタンなど、千利休が目撃した瞬間に切腹をやり直すレベルの冒挙だ」
「先輩、本当に千利休のこと好きっすね」
佐々木が若干あきれた声をあげた。
「とにかく楠、消せ」
「ええー。でも見てよ、このランタンを茶釜の隣に置くと、湯気までサイケデリックでエモくない?」
「エモくない。ただの火災現場のパニックだ。あと、部活中は部長と呼べ」
これだけのツッコミを乱れ打っているが、僕の表情はあくまで鉄面皮だ。それがこの和室の秩序を守る最後の砦としての誇りだ。
その和室内ではさらに、部屋の隅に置かれたポータブルスピーカーから、激しいドラムのキック音が鳴り響いている。
「……楠。この不快な振動音は何だ。まさかとは思うが、BGMか」
「そうだよ! 名付けて『茶道専用ハイパー・トランス』。一定のリズムでお茶を点てることで、精神をトランス状態に導いて、究極の『無』を目指すの!」
「無になる前に僕の鼓膜が崩壊する。回収しろ。さもなければ、来週のお茶菓子は君の分だけ、全部僕の自家製『超・激辛わさび大福』に変更する」
「わわっ、それは死んじゃう! 美肌にも悪いよ!」
舞は慌ててスピーカーを止め、ランタンを暖色モードに切り替えた。彼女は楠家のサラブレッドでありながら、どうしてここまで「静寂」という概念をバグらせて生まれてきたのか。遺伝子の気まぐれにしては、あまりに質が悪い。そんな僕たちのやり取りを、一年生の佐々木が「なるほど」という顔でメモしていた。
「部長……。今の『激辛わさび大福』っていうのは、新しい修行の形なんですか? 味覚の刺激によって精神を研ぎ澄ます、みたいな」
「佐々木、真面目に受け取るな。ただの罰ゲームだ。……倉本、君は今の舞の暴走をどう思った」
おずおずとお茶菓子を並べていた倉本有美が、ビクッと肩を揺らした。
「えっ……あ、その……。舞先輩のアイディアは、斬新……だとは思いますけど、柊部長の点てる、静かなお茶の方が……私は、落ち着くかな、って」
「ほら見ろ、楠。一年生の方がよっぽど茶道の本質を理解している」
「ええー! 有美ちゃんまで弦の味方!? ひどいよー、お茶のニューウェーブを起こそうと思ったのに!」
舞は「ぶー」と頬を膨らませ、仕返しとばかりに僕の茶碗にドバドバとお湯を注いだ。(多い。お湯が多すぎる。これはお茶じゃない、ただの抹茶味のお湯だ。適量を知れ。中庸を学べ。貴様、実家が茶道教室なのになぜ点前がそこまでガサツなんだ)
ため息を飲み込み、僕は舞が点てた「薄すぎる薄茶」を、作法通りに回して口にした。……正直、お湯の味しかしない。しかし、彼女が楽しそうに笑っていると、和室の空気が必要以上に明るくなるのも事実だった。
「弦、美味しい?」
「……お湯だな」
「もう! そこは『結構なお点前で』って言ってよ!」
「うちの流派ではその言葉は使わない」
「えぇ、決め台詞なのに」
「なんの決め台詞だ」
オレンジ色の西日が、畳の上に僕たちの長い影を落としていた。窓の外ではカラスが鳴いている。




