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12年前 ①

十二年前


「弦君、今日はお泊まりだよ!」


 玄関先で、当時まだ五歳だった舞が、僕の手を引いて跳ねていた。

僕の母さんは、二人目の子供――僕の妹を産むために、一週間前から実家に帰っている。父さんは仕事が忙しく、「隣の楠さんの家でお世話になりなさい。お父さんも夜は残業だから、お隣にいた方が安心だ」と言って、僕を預けた。いわゆる家族ぐるみの付き合いだ。


「弦君、いらっしゃい。舞と仲良く遊んでね」


舞のお母さんが、優しい笑顔で僕の頭を撫でてくれた。彼女の手からは、いつも石鹸のような、清潔で温かい匂いがした。お隣の楠家は、僕にとって第二の我が家のようなものだった。舞の家には、いつも凛としたお茶の香りが漂っていた。舞の祖母は茶道の師範、お母さんもお茶の教室の先生という素晴らしい家柄(なぜ舞はこの家に生まれ、あそこまで自由奔放なんだろう。生まれた病院が同じらしいから、赤ちゃんの時に僕と取り違えられたのでは?)と子供のころから思っていた。そんな舞の祖母は座敷でお茶を点てていて、僕は舞よりも熱心にその様子を眺めていたものだ。


「今日はカレーだよ。弦君、たくさん食べてね」


 キッチンからは食欲をそそる香りと舞のお母さんの優しい声がする。その時僕らは二人、子供部屋の床に積み木を広げて、「お城」を作ることに没頭していたため、聞こえなかった。


「明日もお泊まり? ずっとお泊まり?」

「うーん、お母さんが帰ってくるまでだって」

「一緒に待とう!」


 舞は無邪気に笑って、積み木の塔を高く、高く積み上げていった。舞のお母さんが部屋まで呼びに来た時に、驚いてしまい、塔が崩れた。

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