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12年前 ⑥

十二年前


 静かだった楠家の廊下を、濁った足音が踏みにじっていく。さっきまでの穏やかな会話を切り裂くように、男の……別居していた舞の父親の怒号が響き渡った。


「……逃げられると思ってんのか!」


 布団の中で、舞がビクッと肩を揺らした。眠気は一瞬で吹き飛び、彼女の瞳には純粋な恐怖だけが宿る。リビングから聞こえる、ガシャァァン! という陶器の砕ける音。それは、お母さんが大切にしていた茶碗の音だったかもしれない。


「お願い……舞だけは、舞だけは連れて行かないで! この子はっ」


 必死に叫ぶ舞のお母さんの声。僕は反射的に舞の前に出た。木の枝はない。ティアラもない。けれど、さっき聞いた「婿になる」という言葉が、僕の小さな背中を突き動かしていた。僕が、この家を守らなきゃいけないんだ。


「舞、こっちに来て」


 僕は震える手で、舞を背中に隠した。襖の隙間から見えた舞の父親の右手には、キッチンから持ち出した包丁が、鈍く光っていた。

 お母さんの絶叫。もはや何と言っているのかはわからない。舞は僕の背中で布団にくるまって泣いている。父親にいい思い出がないことは知っていた。だから僕は可能な限り舞をかばった。そして、状況を確認するために襖の隙間から隣の部屋を覗いた時、いつの間にか舞の祖母が床に倒れているのに気づいた。知らぬ間に父親に突き飛ばされていたらしい。そして次の瞬間、舞のお母さんの体から血が飛び散るのが見えた。


「……舞……弦君」


 その言葉が、舞のお母さんの最期の言葉だった。先ほどまで語られていた未来は、床に飛び散った鮮血と共に、二度と戻らない幻へと消えていった。

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