5、発艦
いつもより短めです
艦全体に大きな轟音と揺れが、地面を伝って足に伝わってくる。小さく爆発するような音が鳴り響き、プロペラが回転する音が聞こえる。甲板に並べられた数十機もの航空機が、エンジンを鳴らし、飛び立つのを今か今かと待っているかのようだった。甲板に並べられたたくさんの数の航空機を見ていると、今にも勝ったような、どこからか謎の自信が湧き出てきた。下にいる整備兵が慌ただしく走り回ってる。最初に飛び立つ飛行機が残り後数分となり、いよいよ戦争が始まろうとしていた。
「やっとだね」
「えぇ、やっと帝国海軍の力を見せつける時がきました」
「それにしても、あの嵐で損害ゼロってラッキーでしよたよね」
「そうだね」
田中の言った損害ゼロは私たちにとって本当にラッキーだったと思う。もしあの嵐で損害が出てたら、艦隊全体の雰囲気にも影響してたし、これから作戦が始まるにしては幸先が悪かった。そう考えると、人が死ななかったのもそうだけど、本当に損害が出なくてよかった。
「艦長〜、旗艦から光信号。えっと、内容が」
「大丈夫、多分発艦させろでしょ。航空長、お願い」
「わかりました」
航空長が下の階に、発艦の連絡をしに部屋を出た。艦内にはまだ航空機のエンジンの音が、さっきと変わらず鳴り響いている。左側の窓に寄って外を見ると、航空長が旗を持って、甲板の整備兵と話してる。私は発艦する瞬間を見るために、艦橋の外に出た。
「さむっ」
暖房のきいていた艦橋とは違い、涼しいと思うには、少し強すぎるぐらいの寒さで、手すりを掴むと、痛いぐらい冷たかった。
ここからだと、航空長の旗があまりよく見えなかったので、体を乗り出した。航空長は旗を振り甲板の整備兵、パイロットに合図を送り、甲板にいる士官も旗を振り、それと呼応するように、飛行機も動き始めた。先頭の飛行機が甲板の中腹辺りまで進み、折りたたまれていた翼を広げた。甲板の士官が旗を前に振ると、飛行機は一気に加速し、甲板の端まで進んで飛んで行った。その姿は、青く輝く体は、優雅に飛ぶぞの姿は生き物みたいだった。一機、また一機と次々に飛んで行く。発進する度にその機体を目で追い掛けていた。
気づいた頃には、さっきまで轟音を放っていた存在が無くなり、甲板には整備兵が行き交うだけだった。
「無事に発艦できたね」
「まぁ後は攻撃隊を信じて待つだけですね」
田中と話していると、後方から冷気が漂ってきた。後ろを振り向くと、顔や手を赤くした航空長が艦橋に入って来てた。
「航空長。後は大丈夫だから下で休憩しておいて」
「いや、まだできます」
「いいよ。作戦の山は1つ超えたんだし、港を出港してからそんなに休憩していなかったでしょ。後は攻撃隊を待つだけだから」
「...わかりました。失礼します」
航空長は険しい顔をしていて、納得いってなさそうだった。それでも発艦さえ上手く行けば、後は攻撃隊との集合地点に向かうだけ。そう難しいことはしないから休憩するべきだと思った。
「田中、目印の島は見えた?」
「はい。えっと、多分あの島っすよね」
田中が指を指した方向を双眼鏡で覗くと、少し大きめの緑で覆われた島があった。
「そうだね」
「なんか形変じゃないですか?」
「そうかなぁ」
「だってエマテ島は大きな山が2つあるはずなんですよ」
艦橋の後ろにある、小さな机に置かれていた航空写真やマルイカムイ島周辺の海図を見ると、確かにエマテ島には大きな山が2つあった。そしてもう1度双眼鏡で目の前の島を見ると、大きな山が1つしかなかった。
「あの形的に、エマテ島の奥にあるクオ島だと思うんですよ」
「...そうだね」
「じゃあ」
「いや、旗艦にも攻撃隊にも何も言わなくていいよ」
「なんで!今連絡しないと、」
「田中。落ち着け、大丈夫だから」
「っ...」
確かに、今目の前の島の形は海図にあるクオ島の形そのものだった。田中の言う事もわかる、なんなら多分合ってると思う。あんなに凄い嵐だったんだから想定よりも進んでいてもおかしくない。あの視界でエマテ島を見逃していたっておかしくない。それでも、今更進言したところで何も変わらない。もう攻撃隊を出撃させてしまったし、攻撃隊に無線で連絡してしまえば、今までの無線封止が意味をなくす。そんな危険は取れなかった。だから、何もしないことにした。




