4、嵐
「ひどい雨ですね」
「そうだね」
艦橋の窓ガラスに、マシンガンが当たり続けてるような音が、艦橋内に響き渡る。周りの視界は悪くなる一方で、時計の時間は昼を指しているのに、夜のように外は真っ暗。隣にいるはずの駆逐艦は、目を凝らしてやっと艦橋から漏れる光で、場所がわかるぐらい。私が乗ってる大きな空母でさえ、縦に横に斜めに、色んな方向に不規則に揺れている。そのぐらい波が強いと、他の小型艦が心配になってきた。私は、こんな天気で艦隊行動が出来るのかと、作戦が上手くいくのかと、不安が込み上げてきた。
「うわっ!」
「え、田中大丈夫?」
「揺れヤバくないすか」
「何かに捕まった方がいいよ」
「そうですね」
大きな揺れが白神を襲った。艦は大きく揺れて、アトラクションに乗ってるかのような気分で、少し楽しかった。艦が波に乗ったのか、思いっきり斜めに傾き、落下していった。私は体が浮いてるような感覚になった、いや、本当に浮いてたと思う。そのぐらいの高波だった。田中はその大きな揺れに耐えきれなくなって、思いっきり後ろに吹っ飛んで行った。壁にぶつかって何とかなったけど、何も無かったら、海に投げ飛ばされてたと思う。田中は壁にあった出っ張りに捕まり、転ばないように姿勢も低くしてた。艦橋にいるみんなも、転ばないよう姿勢を低くした。
「航空長。整備長が格納庫に来てくれと」
「わかった、今行く」
揺れがやっと収まってきた。すると整備兵らしき人が艦橋に入って来て、航空長を連れて行った。私は、暗闇で何も見えない外の景色を見ながら、旗艦がいるであろう場所を眺めた。本当にどうするつもりなんだろう。航空艦隊司令官の山岡さんが、今回の作戦について、今どう思っているのか疑問に思った。本当は作戦要項通りだと、この航海ルートを通るはずじゃなかった。だけど山岡さんが、急に航海ルートを現在のルートに変えた。そのせいで、艦隊は今危険な状況になってる。山岡さんがなにも考えないで、このルートにしたわけではないだろうけど、何を考えているか、私にはよくわからなかった。
「山岡さんはどうするつもりなんだろうね」
「転覆する可能性だってあるのに、本当に。あの人は絶対家で寝てたほうがいいですよ」
「砲術長は山岡さんと知り合いなの?」
「はい。同じ艦だったんですけど、無口で何考えてるのかよくわからない人でしたよ」
「そうなんだ」
いつも砲術長はそんなに喋る方じゃなかったけど、今回山岡さんの愚痴を言っていて驚いた。確かに何回か山岡さんに会ったことがあるけど、無口だったし、体も細かったし、髪も真っ白に染まっていて、軍人のように見えない、何か不思議なオーラを醸し出していて、不気味だった。
「艦長!」
「航空長か、どうしたの?」
「緊急事態が。格納庫に来てください」
航空長にそう言われ、一緒に格納庫まで向かった。艦橋から出て、通路を少し歩いていくと、2階格納庫の近くで、整備兵が慌ただしく、前に行ったり、後ろに行ったり、渋滞を起こしていた。やっと格納庫に着くと、目の前にあったのは、潰されて使用不可能な飛行機だった。
「これは、」
「天井に括り付けられていた予備機がこの嵐で落ちてきたようで」
「...それで、何機使えなくなったの?」
「艦爆2機と艦戦1機、そして艦爆の予備機が2機です」
潰された艦爆の方に近づく。近くから見ると、壊れた場所がよく分かる。片翼がL字に綺麗に折り曲がり、機体が斜めに傾いている。それでも、エンジンだったり所々、まだ使えそうな所もたくさんあった。
「修理して使えそうな機体はないの?」
「艦爆が1機程度なら。整備長がもうすでに作業を始めているそうです」
「よし、わかった。整備長にはそのまま進めるように。航空長は一緒に作戦室まで来て」
「わかりました」
航空長と一緒に艦橋まで戻り、作戦室に入った。飛行長も部屋に呼び、艦爆の数が減った今、どの小隊を艦に残すべきか話し合った。私は、まだ練度が低い隊を残すべきだと考えていたけど、航空長は今後の事を考えて、練度を上げてもらうために、練度が低い隊を参加させ、ある程度の実力がある人に残ってもらった方がいいと考えてた。私は反対したけど、あちらも全く譲らなくて、一向に話が進まなかった。そんな時飛行長が話に入って来た。飛行長は、怪我をしているパイロットがいるから、その隊を残すべきと言った。その隊は、練度も低くいし、航空長も流石に怪我した人を飛ばす気は無かったのか、飛行長の意見で何とか収まった。
「・・・じだ」
「・・いだね」
作戦室で話し合っていると、外から話し声が聞こえてきた。最初は特に気にしていなかったけど、段々と声が増えていったので、気になって航空長達と一緒に外を覗いてみると、飛行甲板の端に立っている若い乗組員達がいた。
「すげぇ!虹だ」
「きれ〜だな」
若い乗組員達が相当集まっている。見ている方向を見ると、私たちが通ってきた所に、綺麗に虹がかかっていた。大きくて、色もハッキリとしてる綺麗な虹。みんなは楽しそうに、虹を見て笑顔になってる。そんな姿を見ていると、今から戦争に行くとは思えない光景に、今自分達がしようとしてることが間違っているんじゃないか、そんな気持ちになってきた。
「戦争は嫌だね。あの笑顔も見れなくなる」
「..だからこそ、戦争に勝つんですよ」
「...そうだね」
私達はそのまま艦橋に入り、持ち場に戻って、戦争の準備をした。




