26、麗奈
「どうしたの?」
「何も」
沈黙の時間が長く続く。
麗奈は横を向いて、こっちを向かない。私は今何をしたらいいのかよく分からなかった。ただ頭を下げて机を見つめていた。
よくよく考えると、麗奈だって軍人なんだから、ここじゃないところでは戦ってるに違いない。今回会えたのだって奇跡みたいなもの。実際作戦に参加して目の前で多くの人が死んだ。麗奈だって、私だっていつ死ぬか分からない。
そんなことが頭の中に過ぎった。
「...」
麗奈は今も横を向いてる。
ただその姿を見ていると、自然と体が動くのに時間はかからなかった。私の体が机を跨いで麗奈の方に近づいて行った。
「えっ!?、あんた何してるの」
私の腕が麗奈の首の後ろに回って、体を抱き締めた。麗奈との距離がゼロになって、直に熱がよく伝わってくる。徐々に麗奈が暖かくなっていくのがよくわかった。
「...はぁ」
最初こそ少し抵抗されたけど、今は逆に麗奈の手が私に抱き着いてきた。
なんで自分でもこんなことしたのかよく分からないけど、こうしてる時間がとても心が満たされた。
「...」
視線を横にすると麗奈の顔がすぐ横にあった。こんなに近いと麗奈の匂いが、脳に直接伝わってきた。すると、私の体の端々が熱くなっていくのが感じられた。そんな今の時間がとても落ち着けた。
「あの〜、蕎麦出来やしたよ」
そんな店長の声が聞こえたなと思った瞬間、私は急な衝撃に襲われた。
「ゔっ、」
目を開けると、顔を赤くした麗奈が手を伸ばしてるのが視界に入った。
多分麗奈に思いっきり吹き飛ばされたんだろうと、すぐわかった。
「...ありがと。天ぷら蕎麦貰うわ」
「海軍の嬢ちゃん。流石にそれはもう無理ですよ」
麗奈は数秒して、何事も無かったかのように蕎麦を貰おうとしていた。だけどそれは、私から見ても結構無理あるなと思えた。
店長の発言で麗奈は無言のまま、まだ少し顔を赤らめて動かなくなってしまった。
「麗奈、顔赤いよ」
「あんた、誰のせいで」
「まあいいじゃないですか。今は多様性の時代ですよ」
「だから。そういうのじゃないから」
さっきまで暗かった空気が一気に吹き飛んでいったようだった。賑やかな雰囲気が蕎麦屋の店内を包んだ。店内にいるのは私達しかいないのに、大勢いるような、それぐらいの。
「...」
私は運ばれた蕎麦を箸ですくい、口に入れる。上に乗ってある油揚げを1口食べ、また蕎麦を口に運んだ。箸を動かす手が止まらない。器を持ってスープを飲み、また蕎麦を口に運んだ。
美味しい。私は夢中で蕎麦を食べた。
「...はぁ、おいしい?」
「うん。おいしい」
言った後、麗奈は意味深に私の目を見つめてきた。だけど、すぐ麗奈はそれをやめて蕎麦を食べ始めた。
蕎麦を食べ終わり、店の外に出ると、夜の空気が少しひんやりしていた。
街灯1つで照らされた夜道が、とてもいい雰囲気をかもし出していた。
「...食べて、元気になった」
麗奈はこっちを向きながらそう言った。
「そう、かな?」
「そうよ。さっきは、あんた結構酷い顔してたわよ」
私はそう言われて、否定しようにもすることが出来なかった。大丈夫だったかと言われて大丈夫だったような気があまりしないから。
「自覚してないかもだけど、あんた無理してるようにしか見えないよ」
「…」
責めるでもなく、呆れるでもなく、ただ事実を確認するみたいな口調だった。
「全部一人で抱えなくていいから」
「……うん」
麗奈からのその言葉は、私の心に何かしら刺さった。ただ短い言葉しか返すことが出来ない。
それでも麗奈はどこかその言葉を聞いて、こっちを向いていなかったからよく見えなかったけど、足取りが軽くなったように見えた。
「あんた、もうこんなことしたら怒るからね」
「…気をつける」
「はぁ、そうじゃないでしょ」
麗奈は歩きを止めて、こっちを見た。
「しんどくなったら、誰かに相談しなさい」
麗奈はそれだけ言って、また歩き出した。私は段々と離れて行く背中を見て、歩くスピードを速くした。
「…ありがとう、麗奈」
「...あなたらしくないわよ。もっとシャキッとしなさい。七海」
麗奈はそう言って、私の歩く速さに合わせて夜の道を歩いた。




