19、蜘蛛の糸
遅れてすみません
「嘘だろ」
「っ、穂高に報告。急いで!もしかしたら分かってないかも」
「はい!あ、いや待ってください。全艦反転です。全艦反転の信号が」
「わかった。場所に着き次第私達も反転するよ」
「分かりました!」
視界いっぱいに広がった黒煙が、私達から言葉を奪った。その光景を見たものは全員、驚きと絶望で溢れた。穂高からの命令で、私達は全艦反転をすることになった。取舵を取って、穂高の後ろに着いてく。段々と黒煙が近くなり、その全貌が見えようとしていた。
「くそっ。給油艦が」
「あの形は、久松か?」
「...」
目の前には、勢いよく燃える海と、その中に艦尾だけ、海上に出ている軍艦が見えた。それを見ていると、燃える海の中に何か動く黒い物体がいくつも見えた。それが何か、遠くてよく分からなかったけど、何かぐらい簡単に想像が出来て、気分が悪くなってきた。
「どうします、艦長」
「どうするも、私達に出来ることはないよ。駆逐艦に任せるしか」
「見てるだけしか出来ないなんて」
田中はとてもくやしそうな表情をしていた。いや、艦橋にいるみんな、私も同じ気持ちだった。
「工作長はいる?」
「多分下でまだ直してると思います。読んできますか」
「いや、いい。...航空長。工作長から甲板のことで何か聞いてる?」
「いえ、何も」
「そう」
何かしたい。何かしてやりたい。そんな気持ちが溢れて、いても立っても居られなかった。できるなら、今すぐにでも航空隊を飛ばしたかった。なんの為なのかわかんない。それでも何かしないと、駄目な気がした。
「あ、駆逐艦が離れていきますよ!」
「あぁ多分攻撃してきた潜水艦の所に行くんだよ」
「敵討ちですか」
駆逐艦何隻かが目前に広がる燃える海に向かって挑戦しようしてる。それでも炎の勢いが救出しようとする駆逐艦の入る隙間すら開けなかった。別の駆逐艦は、攻撃してきたであろう場所に向かって進んで行った。多分さっき傍受した通信は、この潜水艦が発していたんだと思う。不安要素は1つ無くなったけど、まだ私達は敵の支配下にある海にいると、再認識させられた。
「すごい攻撃ですけど、撃沈できたんですかね」
「どうだろうね。私はあまり潜水艦には詳しくないから、航海長の方が知ってると思うよ」
「俺ですか。まぁ知ってるって言っても、少しだけどな」
「えぇすごい。教えてくださいよ」
「まぁそうだな、今ならいいか。潜水艦ってのはな」
ドンッ!ドンッ!
「ちっ、今度は何だ!」
救難活動も終わりが見え始め、攻撃に向かった駆逐艦が爆雷攻撃をし始めた。私達は結局何もすることがなく、時間が経つのを待っていると、どこからともなく大きな音が近くで連続で鳴り響いた。
「水柱!」
「どこから砲撃が、」
外を見ると、少し離れたところに水柱が何本か出来ていた。私達はこの砲撃がどこから来たのか、双眼鏡を手にあたりを見渡していると
「艦長!南東方向!」
「っ...え、嘘でしょ」
見張り員の指した方角を見ると、水平線の端の上。少し頭を飛び出して、何隻もの艦影がこちらに向かってきてるのが見えた。私の心の中には、もうすぐそこまで敵が来てるという、絶望感と恐怖が押し寄せてきた。
「敵艦隊がなんでこんなところに」
「味方の可能性は?」
「こんな所に味方艦隊はいないぞ」
「6隻以上はいるぞ」
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
「おい、結構近づいぞ」
「このままじゃいつか当たるぞ」
頭がぼーっとして、つばが飲み込めない。周りの声もどことなく、遠く感じる。立ってるはずなのに、立ってる感じがしないし、なんでか足に力が入らない。もしかして死ぬの。そんな予感が頭の中をよぎって行った。やだ!まだ死にたくない。何かしないと、じゃないと死ぬ。私は死にたくないという一心で、体が動いた。
「工作長に工事を急がせて!航空長は航空隊を、」
ドカンッ!
「な、」
「おい嘘だろ駆逐艦が」
「穂高の艦長は何してるんだ」
目の前にいた駆逐艦に砲撃が直撃して、炎上してる。あそこで今何人かが死んだ。私達もあとちょっとすれてたら当たっていたかもしれない。そんなことを考えていると、怖くなってきた。足元は暗くなってほんとに、
「艦長!」
「え」
「どうしたらいいですか」
「何かご命令を」
なんて答えたらいいんだろ。みんなを死なせたくないし。だけど独断で行動を取ると艦隊に迷惑が。でも遅れて何も出来なかったら。最初に何をしたら。艦長として何か命令しないといけないのに、喉が張り付いて声が出ない。
「艦長!旗艦から通信です」
「っ...読み上げて」
「駆逐艦は煙幕を投下、そのうちに単縦陣で逃げると」
ドンッ!ドンッ!
「わかった、穂高についていくよ」
「はい!」
本当に良かった。私は心のなかで、安堵しかなかった。どうしたらいいかわからない。頭が真っ白になる。今にでも砲弾が当たるかも知れない。そんな時に来た、旗艦からの通信はまるで地獄の中に垂らされた1本の蜘蛛の糸だった。




