表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/24

2、再開②

陸人が作ったビーフシチューをお皿に盛り付ける。皿を運んでる時から、美味しそうな匂いが漂っていて、待ちきれなかった。昔のビーフシチューとは違う、陸人が作ったビーフシチュー。準備が出来たので、ビーフシチューをスプーンですくい、口に入れる。すると、体の芯が温まるような、落ち着いた気持ちになった。ルーの中に入っていたお肉が、口の中で溶けるようにきえていく。そのぐらい柔らかく、それでいてシチューの味ともマッチしていて、美味しすぎて言葉が出なかった。最初はどっちも無言で、ただスプーンを進めて食べていった。私は、自分のビーフシチューが皿の半分にまで減った時、食べ始めてやっと水を飲んだ。顔を上げると、陸人がこっちを心配そうな目で見ているのに気がついた。


「美味しいよ。心配しなくても」

「そうか、...ならよかった」

「私がビーフシチュー好きなの知ってるでしょ」

「まぁ、それもそうだな」

「それに、陸人が作ったものだからね」


そう言うと、陸人の顔が少し赤くなってるように見えた。私はそれを見て、可愛いなと思った。陸人も今では大人だけど、そういうことで恥ずかしくなるんだなと、顔を赤くするんだなと。そう思うと、無意識に笑ってしまった。陸人もまだ赤さが残っているが、笑っていた。久しぶりに心から笑えた気がして楽しかった。くだらない事だけど、そんなことで笑えるのが楽しかった。


「陸人は変わらないね」

「そうか?それを言ったらお前は少し暗くなったな、...何かあったのか?」

「え、いや別にそんなこと」

「ならなんでさっきお前は俺に会った時泣いてたんだ」


 その場がシーンとなる。何も言い返せなかった。なんで泣いてたかなんて、自分でもよくわからない。ただ、多分自分の中でも理由はなんとなくわかってる。思い当たることと言ったら、多分あの作戦のことしかない。戦争が始まる大事な作戦。死ぬ可能性も十分にあるような危険なもの。なんなら死ぬ確率のほうが高い。生きて帰れたらいいほうだ。だからかもしれない。今までずっと来てなかったお店に無意識に行った理由。陸人に会えるかもしれないという気持ちがあったから、死ぬ前に会いたいという気持ちがあったからこそ、この場所に流れ着いたのかもしれない。私はこの気持ちを陸人に伝えたかった。「死にたくない」それでも言えなかった。陸人は同じ軍人だけど、この作戦のことは、海軍のこの作戦に参加する一部の人しか知らない。他の人に話してはいけない機密事項だ。だから、どんなに陸人が聞いてきても、答えることができなくて、何も言えなくて、何も言い返せなかった。


「俺には言えないことなんだな」

「うん」

「まぁ、それならしょうがないな」


そう言って、陸人は引き下がってくれた。多分陸人も、何かあることを察してくれたんだと思う。私は、陸人にすごく問い詰められなくて安心した。だけど、1度心の中でハッキリと理解した、言いたいけど言えない「死にたくない」という気持ちが、どうしても消えなかった。それがずっと心の中でモヤモヤとして残って、ただただ辛かった。


「...み、七海!」

「っ、何?」

「お前大丈夫か?」

「うん。全然平気、大丈夫だよ」

「...」

「...お前、マルイカムイ島奇襲作戦に参加するんだろ」

「え、」


その名前を聞いた時、私は驚きが強すぎて何も考えることが出来なかった。なんで陸人がその作戦について知ってるんだろう?そんな単純な疑問が、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。答えを導くことすら出来ないぐらい混乱していて、何も考えることが出来なかった。多分口を開けて固まってたと思う。それぐらい驚きが勝っていた。


「なんで知ってるのって顔だな。まぁ単純に、俺もこの作戦に参加するからな」

「えっ、」


陸人の言葉は自分の予想していたものとは違っていた。陸人も作戦に参加する。それは、私と同じで死ぬ可能性があるということ。陸人がいなくなるかもしれない。そんなことが頭の中でよぎる。それだけは嫌だった。自分が死ぬのも嫌だけど、それよりも身近な人が死ぬほうが嫌だった。


「あのさ、陸人は、なんの船に乗ってるの?」


変な汗が体を流れてく。今日で一番集中してるかもしれない。それぐらい大事なことだ。作戦に参加すると言っても、色々な部隊がいる。後方の艦隊かもしれないし、支援艦隊かもしれない。どの部隊なのか分からないから、もしかしたら死ぬ可能性だって低いはず。そう思った。


「今は戦艦日高に乗ってる。そこで第一戦隊の参謀として働いてんだ。凄いだろ」

「、すごいね」


何も話が入ってこなかった。陸人が乗っている戦艦日高、そしてその艦が所属している第一戦隊は、敵艦隊が出現したときの一番槍として攻撃する艦隊。私は作戦の話を聞いた時からずっと思っていた、「死にたくない」と。それでも軍人として表立って言うことはない。だからみんな死にたくないなんて言わない。だけどそれがほんとにみんな死にたくないと思っていないのなら。この気持ちは自分だけが思っているのなら。そんな疑問が頭の中に浮かんだ。ただそれだけ。私は陸人に思い切って聞いてみることにした。それが他の人になら聞けなかったと思う。ただ陸人なら、信頼してる人なら、聞くことができた。


「ねぇ、陸人は死にたくないと思ったことある?」

「...あるよ」

「じゃあなんで、」

「七海は大切な人が傷ついて嬉しいか?」

「うれしくないだろ!俺達はみんな死にたくない。ただそれよりも、大切な人が傷つく方が嫌なんだよ!そのために戦うんだよ。自分が死にたくないなんて言ったら、傷つくのは大切な人なんだ。だから俺達は何も言わずに、ただ仲間のために、国のために、そう言って戦うんだ!そうだろ!」


言葉が出なかった。ただただ圧巻だった。陸人は怒ったりはするけど、声を荒げて何かを言ったりすることはない。だけど今回は違う。陸人の言葉からは熱意が伝わってきた。本当に衝撃を受けた。ここまで言われるとは何も思ってなかったから。陸人の話を聞き逃したところもあったのに、なぜか私が疑問に思っていたことを全て吹き飛ばした。頭の中には、「大切な人」というフレーズが頭の中にずっと響いて消えなかった。


「大切な人」

「お前にもいるだろ。守りたい人が」


私の中で大切な人。それを考えた時、頭の中には陸人の顔だけが浮かんできた。もし陸人が傷ついたら、自分のせいで傷ついたとしたら、それを考えると、陸人の言ったことがわかった気がする。私は「死にたくない」という言葉について、全くわかってなかった。その言葉にどれほどの影響力があるのかを。


「陸人。私は全然わかってなかった。だけど陸人に言われてこれからどうしたらいいのか、わかった気がする」

「そうか。それならよかった」

「うん」


心が軽くなった気がする。たぶん心のつっかえが取れたからだと思う。今なら自分が、さっきまで悩んでいたことが馬鹿みたいに感じれた。それぐらい、今の時間が楽しくなった。


「ねぇ陸人。最近さ、ほんとに大変なの」

「やっといつもの七海に戻ったな」


そこからは楽しい時間が続いた。これからどうしたらいいのかわかって、もう悩む必要が無くなったから。陸人と過ごしてなかった、数年間の話をたくさんした。最近の悩みだったり、面白かったこと、自慢したいこと、色んな話をした。陸人と一緒にたくさん笑って、時間を過ごした。気づいた時には、窓から太陽の光が差し込んで、今の時間を教えてくれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ