18、煙
遅くなってしまいすみません
その後、ひなやるかと話した後、その時間を惜しみながらも、別れを告げ、艦橋に戻った。足取りが軽く、いつもよりも早く艦橋に着いた。艦橋に入ると、いつもの面々が会話をしながら立っていた。
「あ、艦長〜。どこ行ってたんですか」
「ん、ちょっとね」
中に入ってすぐ気づいた田中がこっちに近づいてくると、いつもの雰囲気で聞いてきた。田中も田中で、ひな達よりかは歳上なものの、いかにも好青年と感じさせるような面立ち。肩の荷も少し抜けたような感じだし、とても安心した。
「失礼します。飲み物をお持ちしました」
「お、気が利くな〜」
艦橋で話し合っていると、2人の乗員が入ってきた。手には、おぼんの上に乗ったコーヒーが。私もコーヒーををもらうと、1口飲んで、外の景色を眺めた。
「田中、コーヒーは好き」
「そうですね〜、自分はあまり苦いのが得意じゃなくて」
「そう」
また、コップを口に近づけもう一口。口の中は、このコーヒー特有の味と匂いが広がり、外の景色は、光り輝く穏やかに揺れた波とそれがどこまでも続く何もない景色が広がっていた。そんな景色を眺めている、艦橋の外から誰かが走ってこっちに向かってくる音が聞こえた。
「艦長!通信室に来てください。謎の通信を傍受しました」
「わかった」
持っていたコーヒーを一気に飲み込むと、通信室に急いで向かった。駆け足で向かい、通信室に到着する。何人もの人が通信機と向かい合い、ヘッドホンを付けみんな何かしらしている。それを横目に、呼びに来た人について行くと、1人の通信員がこちらを向いて、紙を渡してきた。
「傍受したものです。暗号なので中身はよくわかりません。ただ、発信元がこの近くの可能性が」
「!...それはほんと」
「はい」
「...」
渡された紙の内容は暗号文でよくわからなかった。しかし、通信員曰く発信元がこの近く。つまり、敵の偵察機、もしくは潜水艦が潜んでいる可能性があるということ。まだ、敵の脅威から脱せていなかった。その不安が頭の中によぎった。ここから1番近い敵の軍港のマルイカムイは、私達が奇襲した場所。今ちょうど作戦通りなら上陸の準備ぐらい。だから、そこからの援軍もありえない今、注意すべきは潜水艦だけだった。
「わかった。またさらに何かあったら、報告しに来て」
「わかりました!」
私は駆け足で艦橋に戻った。潜水艦から攻撃されたとしたら、運が良くて魚雷を発見できても、最長4分しかない。今魚雷を撃たれたら一溜まりもない。急いで戻って、すぐに旗艦に報告しないと。
「艦長。何があったんですか」
「田中!急いで穂高に光信号を」
「え?あ、はい」
「付近に敵潜水艦が潜んでると伝えて」
「わかりました」
急いで艦橋に入ると、談笑していた田中を呼んで、旗艦に連絡させた。多分、岸さんも傍受はしているはず。それでも、もしかしたら岸さんが気づけてなかったらってこともある。これは一刻を争うことだった。
「艦全体に、潜水艦の警戒を。見張り員の数も増やして。わかった」
「はい!」
艦内に警戒を敷かせて、見張り員の数も増やさせた。甲板はまだ治っていないから、今すぐできることは、最低限できた。私は艦内で双眼鏡を持って、周りの海を見渡した。見えるのは、さっきも見た穏やかな海、海、海。何も見えなかった。
「艦長、穂高からです。速力22ノット、警戒を厳に。とのこと」
「22ノット?...あ〜、わかった。航海長、速力を22ノットに」
「了解。機関室速力22ノット」
速力22ノット。潜水艦は速い速度を出せないから、増速をすることはよくある。ただ22ノットではなく、もっと増速したら良いのに。そんなことを思ってしまった。ただ、今回は給油船を連れていることを思えば、適切な速度かと。今回連れている給油艦は、速度が出る艦種だけど、もっと遅い艦はたくさんある。
ドン
そういう艦の細かい所を知っておかないと、司令官は務まらない...ん?
「今何か鳴った?」
「え、いや鳴ってないと思いますけど」
「空耳でも聞こえたんじゃないすか」
「...そうなのかな」
何か遠くで音が鳴った気がした。周りを見渡して、耳を澄ましても何も聞こえない。近くにいた、他の人は誰も聞こえなかったと言ってるし、本当に気の所為だったのかな。私は少し腑に落ちなかったが、気にしないことにした。
「それにしても、潜水艦見つかりませんね」
「そうだね」
「俺達の航空隊が使えたら、今すぐに見つけられるのに」
「そうだな」
「聞いてます?」
ドカン!!
「!!」
今回ははっきり聞こえた。間違いない。後ろから。私は急いで艦橋から出て、音のした方向を見ると、私達の艦隊の後方から、空高く届くような黒煙が視界いっぱいに広がって、立ち昇っていた。まるで、後ろだけ時間が今と違うような。それほどの黒煙が空に立ち込めていた。




