第8話 ようこそ、聖エクス学園へ
ーー聖エクス学園。
デア王国の首都アルディア、第3街道12番。
世界最高峰の教育機関にして、入学しただけで一族の誇りになる超名門校。
そんな眩しすぎる場所に、“潜入任務”の名のもと放り込まれたのが――この僕。
日本に帰るためには、さっさと魔王候補とやらを見つけ出すしかない。
あぁ……
この学校で僕はやっていけるのだろうか……
朝のホームルームが終わった直後。
教室の空気が、一気にざわめいた。
「えっ、その黒髪……地毛? 超レアじゃん!」
「なんかオーラ薄くない? 魔術で消してるの?」
「転校生ってどんな魔術使えるの?」
僕の机の周りには、いつの間にか人だかり。
質問攻め。
まるで謝罪会見みたいな雰囲気だ。
「え、あ、えっと……その……」
あまりの圧に、僕はしどろもどろになる。
興味本位なのはわかる。
でもちょっと失礼だなこいつら。
まぁ、悪気はなさそうだけど…。
「出身は……」
えっと、どこにしようか…
《《“東のジパルグ帝国”です》》
脳内に女神様のフォローが流れる。助かる。
「……親がジパルグの人間でして」
今の自然だったか? 怪しくなかったか?
そんなふうに考えながら、ふと視線を感じる。
隅の席で、ニーナがくすっと笑っていた。
たぶん、僕の挙動不審っぷりを見て楽しんでやがる……。
(くっそ……! あの野郎、他人事だと思って)
それにしても、この世界の人間って――
全員、顔が良すぎないか?
宝石みたいな瞳。カラフルな髪。整った輪郭と肌。
アニメキャラを実写にしたみたいなやつらばかりで、僕なんか猿レベルで見下されてそうだ。
そりゃニーナがコンプレックス抱えるのも、当然か。
ここ、世界レベルで「陽キャクラス」ってやつだろ……。
「チャイム鳴ったぞー、席つけー」
救いの鐘。最高のタイミングだ。
授業、はよ始まってくれ……!
***
ガラッ。
教室に入ってきたのは、小柄な女教師。目つきは鋭い。
「よし、全員いるな。……ああ、転校生が来たんだったな」
その視線がこっちに向いた瞬間――
「先生、自己紹介のタイミング、僕に振ってもらえますか! さっき話せなかったので!」
声がした方を見ると、窓際の席から男子生徒がビシッと立ち上がっていた。
燃えるような赤髪。高身長。声が通りすぎてる。
まるで舞台役者の登場だ。
クラスの空気が、一瞬で掌握される。
「……勝手にどうぞ、アシェル」
先生がため息交じりに言うと、教室に笑いが広がった。
「改めまして、アシェル・アルクトゥーガです!
趣味は魔術の研究と、妹たちと星を見ること!
好きな魔術は治癒と付与です!」
軽く見えるけど、どこか芯がある。
彼の言葉は不思議と心地よく響く。まるで調律された音みたいに。
(この人……ただの明るい人じゃない)
アシェルはそのまま、僕に視線を向けてきた。
「トウヤ・クロキくんだよね? 魔力の波がすごく面白い。不安定だけど、構造が複雑で……あ、後で話してみたいな! 魔術嫌いだったらごめんね!」
……早口。けど嫌味じゃない。
目がギラついている。完全に魔術オタクのそれだ。
「よ、よろしく……お願いします……」
自然と、頭を下げていた。
(……太陽みたいな人だ)
きっと、ああいう存在がこの世界の“中心”になるんだろう。
そのあと、数人の生徒が勝手に自己紹介を始めて、教室が一気に賑やかになっていった。
(……なんだよこれ)
誰の指示もない。なのに笑いが起き、拍手が生まれる。
“日常”のレベルが違いすぎる。
最初は名前を覚えようとしていたのに、途中でどうでもよくなった。
僕は今、この教室で一番地味な存在だ。
ここに僕の居場所なんて――本当にあるのか?
……これが、“光魔術”ってやつなのかな。
***
1時間目は「術理Ⅰ」。
魔力を基本とした自然科学と人体構造の基礎を学ぶらしい。
《《日本でいう理科基礎に相当します。物理・化学・生物の魔力版です》》
(なるほど……魔力が前提の世界ってことですか)
黒板には魔法陣や数式が並ぶ。
まるで魔法と物理が手を取り合っているようだった。
まぁ、何書かれてるか全然わからないけど……。
「人間は“魔導脈”と呼ばれる神経系に似た器官から魔力を流す。これは中等の頃にやった内容だからみんな知っているだろう。」
やはり、こっちの人間は僕の世界とは身体の構造が違うらしい。
女神様いわく、僕の体も異世界仕様にチューニングされているらしいが……。
「では、トウヤ・クロキ」
唐突に名前を呼ばれた。
教室中の視線が、僕に集中する。
「せっかくだし、君の魔術を見せて欲しい。魔導脈の説明のために簡単な魔術を一つ、ここで生成してみせてくれ」
「え、あ、えっと……! ま、まだ一回も……!」
「水魔術。7級……無理なら8級でいい。生成だけで構わん」
唐突に告げられる無茶振り
(無理無理無理!! まだ魔術なんて使ったことないんだぞ!?)
《《落ち着いてください。詠唱を送りますので私に続けて唱えてください。》》
脳内に、女神様の声が響いた。
ナイスタイミングなフォロー。
マジで神です。
『水属性魔術【水珠】・七級。
詠唱は「流れよ、ここに集え」。
両手のひらに水を集めるイメージで。』
(ありがとうございます女神様……ほんと女神……!)
大きく深呼吸をして、僕は唱える
「なっ、流れひょっ……」
あっ。
……噛んだ。詠唱が止まる。
視線が一斉に集まってくる。
期待。疑問。プレッシャー。
あの空気、知ってる。
ーー僕の脳裏にまた忌まわしき記憶が思い浮かぶ…………
***
中学2年の秋、体育の授業。側転。
元体操教室通いな僕は、授業ののお手本に立候補した。
自信満々でお手本をする。
両手足を伸ばして僕は横に倒れた。
ーーーが……。
足を上げる途中でバランスを崩す、
──倒れる。
空中で体がねじれ、片手がマットを掴み損ねる。
そのまま、横腹から“ドシャッ”。
沈黙、微妙な教師の顔、笑いをこらえるクラスメイト。
「あっ、黒木、ありがとな〜……他にやれるやつ、いるか〜?」
フォロー風のスルー。
痛い、恥ずかしい、どうしようもない
盛大に失敗した、あの時の空気と同じだ。
沈黙。気まずさ。目を逸らす笑い。
(……やばい。このままだと、“共感性羞恥”が……!)
ダメだ。ここで発動したら、全部バレる。バレる、バレる、バレる――!
ぐっと奥歯を噛みしめ、魔力の暴走を必死で押しとどめる。
そのときだった。
ポタリ。
手のひらに、冷たい感触。
青白い水の玉が、宙に浮かんでいた。
(……で、出た!?)
しかし次の瞬間――
ぶしゅっ!
水が弾け飛び、前列の生徒たちに水しぶきが降りかかる。
「うわっ!?」「つめたっ!」
「す、すみませんっ!!」
慌てて頭を下げた僕に、先生の鋭い視線が突き刺さる。
「……君、詠唱、飛ばしたな?」
「え……?」
沈黙する教師と、静まり返る教室。
まずい、詠唱、ちゃんと出来ていなかっ………
「詠唱破棄……っ!?」
叫んだのはアシェルだった。
詠唱……破棄……?
なんだそりゃ。
「まさか……君も詠唱破棄タイプだったのか!?
制御は甘かったけど、魔導脈の反応速度……すごいよ、トウヤくん!」
眩しすぎる笑顔で、ぐいっと距離を詰めてくる。
「え、あ……ありがと……?」
(これ、成功……でいいのか……?)
教室の後ろでは、ニーナがそっと息を吐いていた。どうやら僕のスキルが発動するのを心配してくれたようだ。
(……よかった、スキル暴走しなくて)
彼女は、僕の魔力の異変に最初から気づいていたらしい。
詠唱破棄――通常、訓練を積まなければ不可能な、高度な魔術技術。
とりあえず、僕は詠唱破棄とやらが出来るすごい奴というイメージがついた。
自分でハードルを上げてしまったがもう、引き返せない。
魔術のことも、この世界のことも、まだ何もわかっていないけど――
でも今、手のひらに残る水の冷たさと、魔導脈の震えが教えてくれている。
「……これ、すごい……」
ほんの少しだけ。
異世界が、“面白い”と思えた気がした。
なお、授業後――
水をかけた生徒たちには、土下座レベルで謝る羽目になったのだった。