第7話 再会は教室の隅っこで
――チュンチュン。
どこかで聞いたような、それでいて異様にクリアな鳥の声が、朝を告げた。
てか、鳴き声ファンタジーすぎないか。
目を開けると、窓の外には羽がうっすら光る小鳥。
透き通った羽を震わせながら、枝の上で首をかしげている。
この世界の空も青空らしい。しかし、こっちとは違ってなんというか、空全体が光っているような鮮やかな色彩を感じる。
……夢、じゃなかった。
ふかふかのベッド。白銀の冷蔵庫。意識が高すぎるほどおしゃれな室内。
そして机の上には“マジホ”と呼ばれる魔導通信端末。制服もきっちり整えられていた。
まだ昨日来たばかりの部屋なのに、妙に落ち着いてしまっている自分が少し怖い。
「……よし」
鏡の前で小さく呟く。
眠気まじりの顔が、制服をまとった途端に別人みたいになった。
白シャツにグレースラックス。軍服風で、胸元には銀のエンブレム。
まじめすぎるデザインだけど――悪くない。むしろ嫌いじゃない。
何より、覚悟が見える。
今から僕は、“普通”の生徒を演じる。
ただの転校生じゃない。
魔王候補を探す――潜入任務の第一歩だ。
⸻
管理棟の職員室には、魔術が日常のように漂っていた。
光るインクで書類が空中を舞い、羽ペンが勝手に動く。
これが“こちらの世界”の日常。
「おおっ、君が黒木冬夜くんだな!」
振り向いた先には、陽気さと筋肉でできたような教師。
金髪オールバック、ボタンが耐えてるのが奇跡に見えるシャツ。
明らかにNTR物に出てきそうなその男はー
「俺が担任のマイト・オスカーだ。ようこそ、エクス学園へ!」
「よ、よろしくお願いします!」
でかい手が差し出され、反射的に握手。
その瞬間、肩ごと持っていかれるかと思った。
「学力は事前テストで確認済みだ。優秀だったぞ。一応“入学延期”って扱いだから、周囲にはそう伝えてある」
「ありがとうございます……」
ちなみに、この世界は1年が364日、月は13ヶ月。
日本のように四季があり、年度は1月から始まる。今は2月半ば、5月中旬くらいだろう。
事前テストは、女神様が“用意”してくれた架空の記録。
現実味のない優等生扱いに、背筋が少しだけ冷える。
⸻
1年3組の教室へ向かう廊下。
窓の外では、空を飛ぶ生徒が回転ジャンプを決めていた。
その手にはバスケットボールのようなものが。ーー体育か何かだろうか。
その横を、風を切るように飛んでいく別の生徒。
どれも空想を具現化したかのような非現実感。
でも僕は、驚かない。
あくまで“知ってた風”で通す。
(女神様、この世界の常識、もう少し教えてくれますか)
「もちろん。必要な範囲で順次お伝えします」
(……助かります)
思考だけの会話。それも少し慣れてきた。
⸻
教室のドアが開く。
一瞬で全員の視線が僕に集中する。
心臓がどくん、と跳ねた。
「今日からこのクラスに入る黒木冬夜くんだ。家の事情で少し遅れたが、気にせず仲良くしてくれ」
マイト先生が簡潔に紹介し、僕は一礼する。
「黒木冬夜です。不慣れなことも多いと思いますが、よろしくお願いします」
拍手。控えめながら、あたたかい空気。
そして――
教室の前列、窓際の席に、見覚えのある金髪の少女。
目が合った。
ニーナ。
一瞬だけ、彼女の表情が動いた。
でもすぐに逸らし、教科書を開くフリをした。
笑うでもなく、驚くでもなく、ただ――無言。
……なんで、なんでそんな顔すんだよ。
「席は、一番後ろの廊下側だ」
「はい」
ニーナの席とは、対角線のように離れている。
でも、意識は自然とそっちに引っ張られてしまう。
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「よろしく」
声をかけてきたのは、隣の席の男子。青髪、眼鏡、いかにも優等生タイプ。
「えっ、あ、よ、よろしくお願いします……!」
あー、噛んだ。しかも敬語、癖で出た。
「俺、フォン。まあ気楽にいこう。隣いなくて寂しかったから嬉しいよ。」
「……ありがとう」
話し方も優しくて、救われる思いがした。
⸻
「……ほんと、相変わらずね」
斜め後ろから、聞き覚えのある声。
振り向くと――ニーナが、少しだけ笑って立っていた。
「挨拶ぐらい、しとこうかなって。せっかく同じクラスだし」
「……なんで、そんな他人行儀なんだよ」
「え? こっちは普通にしてるけど」
僕が言葉に詰まると、ニーナは僕の制服に視線を落とした。
「似合ってるよ。ちょっとだけ、不審者っぽくなくなったわ。」
「ちょっとだけ?」
「うん。挙動不審度はまだ高め。」
「……うるさいな」
なのに、声にトゲはなかった。
それが、かえって嬉しかった。
「じゃ、また後で」
ニーナはさっと自分の席に戻る。
その背中が、なんだか遠くて近い。
もう一度話せるだろうか。話したいと思ってる自分が、いた。
⸻
「そうそう!」
マイト先生が教室の扉から顔を出す。
「みんなとっくに知っていると思うが、来週明けから中間試験な!入学後初の定期試験だ!!ぜひ頑張ってくれ!!」
「……え?」
その瞬間、ニーナがまたこっちを見た。
今度は確実に――にやり、と笑っていた。
「がんばれよ、クロキ。」
隣のフォンが笑いながら言う。
僕の異世界学園生活は、どうやら最初からハードモードらしい。