第6話 その前に、今の異世界の状況を理解する必要がある。
僕の部屋は、312号室。寮の3階。
日がすっかり落ち、人気のない廊下を進み部屋に入る。
扉を閉め、錠がカチリと鳴ったとき──
ようやく、今日一日の戦いが終わった気がした。
「……助かった……」
深く息を吐き、振り返って、改めて自分の部屋を見渡す。
そこは、想像以上に“豪華”だった。
白を基調としたモダンな内装。壁には光る照明、天井にはゆるやかに揺れる結界のようなランプ。
部屋の中央には大きなベッド。魔力で空調管理された棚や冷蔵庫、何やら魔法陣が下に敷かれた“コンロらしきもの”もある。
「……こんな生活してたら、もう日本に帰れないかもしれない……」
テレビのような液晶石板には、寮の案内マニュアルが表示されていた。
“マジホ”なる通信石端末もポケットから出してみたが、大体スマホと同じようだ。
そんなとき──耳元で優しい声が響いた。
「《冬夜さん。お疲れ様です。先程はほんっと申し訳ありませんでした。》」
ふわりと、女神様の声が耳に届く。相変わらず優しくて、落ち着いたトーン。
「はい……いろいろありました」
「《ですね。本当にお疲れ様でした。さて──今夜は少しだけ、この世界の“基本”をご説明してもよろしいでしょうか?》」
「お願いします。なんなら今日一番助かります……」
「《ではまず、“魔術”と“魔法”の違いからご説明します》」
「……はい?」
──魔術と魔法。
似てるようで違う、それはこの世界の“当たり前”らしい。
「《魔術は、“学問”の一つです。勉強すれば誰でもある程度は使えるようになります》」
「へえ。火とか水を出すやつですよね」
「《そうです。正確には“魔導脈”と呼ばれる体内組織を通して、魔力を行使するのが基本です》」
「魔導脈……って、体にあるんですか?」
「《ええ。生まれつき備わっており、鍛えることで扱える魔術の“等級”が上がります》」
「等級?」
「《一級〜十級まであり、社会的な立場にも影響します。五級で難関資格、三級以上で国家資格、二級で軍や政治関係に進めることも》」
「魔術が、履歴書に書けるスキルってことですね……」
「《まさにその通りです》」
──なるほど。魔術が文字通り“技術”として認識されてるわけか。
日本でいうITスキルや英検みたいなもんだな……。
「では、“魔法”は?」
「《魔法は──“才能”です。この世界では、選ばれた者にしか宿りません》」
「……ニーナみたいな?」
「《そうです。魔法は生得的な能力で、学習では決して手に入りません》」
「じゃあ僕の“共感性羞恥”も……」
「《間違いなく“魔法”です。極めて希少な能力です》」
「希少って……どれくらいですか?」
「《この世界で、魔法を持つ者はおよそ2万人に1人。冬夜さんの元の世界で言う“アルビノ”と同じくらいの確率です》」
「えっ……」
想像以上にレアだった。
こんな恥ずかしいスキルでも……実は超貴重だったとは。
「《そのため、魔法使いであることを公表する人はほとんどいません》」
「……バレたらどうなるんですか?」
「《スカウト、監視、取引、拉致。良くも悪くも、“特殊な能力”は注目されてしまいます》」
「……そりゃ、隠すわけだ……」
「《ですので、冬夜さんも“魔法持ち”であることは、私以外には基本的に明かさないようお願いします》」
「はい、わかりました」
──なんとなく察してはいたが、やはりこの世界でも“特別”でいることはリスクになるらしい。
「《では、次は“魔術と法律”について》」
「え、魔術って法律あるんですか」
「《もちろんです。魔術は危険ですから、使用には制限があります》」
「具体的には?」
「《街中での攻撃魔術の使用は禁止。違反すれば軽犯罪、重度なら危険行為とみなされ即逮捕です》」
それもそっか。子供が街で火をつけたら大問題だもんな。
「なら、僕の魔法も街中で使用禁止ですよね?」
「《その通りです。だからこそ、“魔術の制御”が重要になります》」
「……僕の魔法、制御できないんですけど」
「《承知しております。しばらくの間は、私のほうで制御するようにしておきます》」
「……それ、できるんですか?」
「《私、女神なので》」
「……ですよね」
便利すぎるけど、なんか納得してしまった。
「《ちなみに、魔力は食事と睡眠で回復します。温泉も効果的です》」
「温泉……!? 魔力に!?」
「《ええ。お湯の効能にもよりますが魔導脈が活性化するためです》」
「体力とほぼ同じ感じなんですね。」
「《この世界では“魔力”が電力もとい、全てのエネルギーの根源として使われています。水道、ガス、通信機器、家電──すべて魔力で動いています》」
「スマホもどきの“石板”も、そうでしたよね」
「《あれは“マジホ”と呼ばれます。通信魔術と記憶陣を組み合わせた携帯端末です》」
「なるほど、名前が軽いわりに万能……」
「《マジホは学生証代わりにもなりますので、無くさないように》」
「了解です。」
──異世界だけど、意外とシステマチックで現代的。ハイテクというか、ハイマジックという表現が適切だろうか。
「《それでは、今夜はこれくらいにしておきましょう》」
「はい。丁寧にありがとうございました」
「《いいえ。……明日から、本当の“異世界生活”が始まります》」
ふっと、女神様の声が遠のく。
魔術のある社会。魔法という才能。学園生活。
──そして、僕自身の能力。
「共感性羞恥……か」
まだ、この力がどんな意味を持つのかはわからない。
でも、それでも。
魔王候補捜索の間、僕はこの世界で、生きていく。
学んで、笑って、たぶんまた、恥をかいて──
少しずつでも、前に進んでいく。
「……よし」
ふかふかの毛布にくるまりながら、僕はゆっくりと目を閉じた。
異世界生活、一日目の夜。
真っ先に浮かんだのはニーナの顔だった。
これから始まる学園生活。
不安はある。また中学みたいになるかもしれない。でも僕は前を向く。
今日より明日を、ほんの少しだけ期待して。