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第4話 脱出!!女子寮!!





 しばらく取り乱していた金髪の少女――いや、縮んだ金髪の少女――は、ようやく呼吸を整え、目元を袖でぬぐっていた。


 その仕草はまるで、小学生のような……いや、今の彼女の姿ならそれも妥当か。


 そして、こちらをキッと睨みつける。


「……あんた、何見てんのよ」


 さっきまでの完璧な優等生の面影はどこへやら。目の前にいるのは、“等身大”どころか、“小型”な少女だった。


「い、いや、別に……! その、大丈夫かなって……」


 僕は誤解を避けようと気を遣って話しかけるけど、声が情けなく上ずる。相変わらずのキョドりっぷり。


「……大丈夫なわけ、ないでしょうが……」


 ぼそりと、呆れたように言いながら、制服のぶかぶかの袖を握りしめる。


 沈黙。


 どちらからともなく目を逸らす。気まずさが空気を包む。


 ……その空気を破ったのは、彼女の方だった。


「……今のこと、誰にも言わないで」


「え?」


「見たでしょ? 私の……この姿」


 僕は小さく頷く。


「……はい。見ました」


 女神様が言っていた通り、あれが彼女の“本当”の姿――そして、あの見た目は魔法によって作られていたということ。


「私の魔法は“他人が信じた嘘を現実にする”ものよ。さっきまでの私は、言ってみれば“信じられた嘘”。でも、あなたの魔法のせいで、それが崩れたの」


 嘘が、真になる魔法。

 すごい。


「……了解です。誰にも言いません。あなたのことも、魔法のことも」


「……ええ。それでいいわ」


 ピンと背筋を伸ばして言う彼女の姿は、なんとか“威厳”を保とうとしてるように見えた。


 でも、そのちんまりした体格とのギャップが、ちょっとだけ微笑ましい。……言わないけど。


「でも、どうすんの、これ。僕このままじゃマジで通報されますって」


「……それは、そうね。ていうか、なんであんた女子寮にいんの?」


「それは……その……いろいろあって……」


 具体的に説明すると余計ややこしいので濁す。


 彼女は深いため息をひとつ吐いた。


「……はぁ。もう。面倒くさいことになったわね」


 そう言いながら近くの部屋に入り、戻ってくると上着を一枚手に持っていた。


「ほら、これ被って。顔はなるべく隠しておいて」


「え、ありがとうございます……でも、いいんですか?」


「借りを作るくらいなら、帳消しにしたいだけよ」


 そう言って、彼女は上着を僕の頭に被せ――


 指を軽く鳴らした。


 その瞬間――


 ふわり、と微細な風が身体を撫でる。


「……うわっ……な、なにこれ……!」


 身体がぎゅっと締め付けられるような違和感に包まれ、次の瞬間、重力のバランスが明らかにおかしい。


 胸のあたりが……重い。


 視線を落とすと、スカート。足が……やけに細く、白い。


「……え、えええええっ!? なにこれ、女の子になってる!?」


「なってないわよ。周りの“認識”を変えただけ。あなたは女の子“に見えてる”の」


「それだけでここまで変わるんですか……?」


「ここは女子寮。誰も“男がいる”なんて疑わない。つまり、あなたは女子生徒よ。理屈としては完璧でしょ」


「ばれたら?」


「バレなきゃ魔法、バレたら変態。がんばって」


「……ハイ」


 背筋が冷える。


 でも、よく考えたら、初対面で魔法が暴走して泡吹かせた相手にここまで協力してくれてるわけで――


(この人、めっちゃいい人じゃないか……)


 僕は素直に頭を下げた。


「ありがとうございます。助けてくれて」


「お互い様よ。あなたも、私も、魔法のことバラされたくないでしょ?」


 まぁ、こんな能力持ってるなんてバレたくはないな………。


 僕は上着のフードを深く被り、顔を隠す。声を出さずにいればバレない……はず。


「行くわよ。他の人が来る前に出ましょ」


「は、はい!」


 二人で寮の廊下を進む。夕方の光が廊下に斜めに差し込み、床に長い影を落とす。


 すれ違う生徒は今のところいない。順調、順調――


 あ、そういえば


「そういえば、まだ名前聞いてなかったです」


 僕が小声で尋ねると、彼女は少しだけこちらを見て、肩をすくめるように言った。


「……ニーナ。ニーナ・ヒューバーン・エドガーウルフ」


「長っ!」


「貴族の名前は長いの。で、あなたは?」


「黒木冬夜。黒木が苗字、冬夜が名前です。……こっちは庶民です。」


「トーヤ? 東の人?」


「あ、はい、親がそっちの出身で……」


(……嘘だけど)


 嘘が得意な彼女に、思わず嘘を重ねた。罪悪感はある。あるけど――


「にぃ〜なちゃ〜ん? さっきの物音、なに〜?」


!? 


 廊下の向こうから、軽い声が響いてくる。


 ヤバい!!!!


「こっち!」


 ニーナが即座に反応し、僕の手を取ってすぐそばの備品室に滑り込む。


 ギリギリセーフ。


 ドアの向こうを足音が近づいてくる


 暗い。息をひそめると、空気がやけに重たい。

 肌が触れるほどの距離。いや、実際に触れてる? 指先、肩、何かが確かに当たっている。

 耳元から、微かに甘い香りが混じった息遣い。

 逃げ場のない密室に、鼓動がやけにうるさく響く。


「……動かないで。声も出さないで。魔法がいつ解けるかわからないから」

「は、はい……」


(俺、今、女子寮で、女子のフリして、女子と押し入れ……)

 状況だけ見たら変態じゃないかこれ。いや、バレたら変態なんだっけ。

 思わず目を閉じた。目の前の現実が、夢でも悪夢でもいいから、早く過ぎてほしいと願うように――


 備品室の外、女子たちの声が通り過ぎていく。


「なんかさっき、こっちの方で声がしたよね?」


「なんかニーナの声に似てなかった?」


「さっき、部屋見てきたけど、ニーナいなかったよ?」


「じゃあ、空耳?」


 お願いだから、それで済ませてくれ。


 そうか、彼女らはニーナの知り合いなのか。なら、女の姿とはいえ俺といたら怪しまれるから隠れたのか。


 時間が、やたら長く感じる。

 逃げ場のない距離。きっと僕の呼吸も伝わっている。

 間違いなく、人生で1番女子に近づいた瞬間だろう。


 ドキドキする。心臓の音、バレそうだ。


 数十秒後、足音が遠ざかる。


「……行った?」


「ええ。今のうちよ」


 音を殺して、備品室から出る。

 エントランスの裏側、人気のない裏口へ向かう。

 ドアをそっと開け、外を確認し、僕たちは再び走り出した。


 裏庭へ。誰にも見つからず、

 僕は女子寮の脱出に成功した。

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