第3話 第1異世界人
うっ………………。
斜めから差し込む夕日が、僕の右半身をじんわりと温めていた。
まぶたをゆっくり開けると、空はまるで暖色の絵の具を溶かしたように染まっていて、学園のどこかから楽しげな喧騒が聞こえてくる。
体が重い。まるで寝不足の朝、もしくは賢者タイムの直後のような脱力感。
胸の奥がチリチリと痛む。
――そして、気づけば僕の視界はうっすらと潤んでいた。
泣いているというよりは、あくびをした後のような涙目。
それでも、心はズタズタだった。
あのリアルすぎる回想。あれが、たぶん……スキルってやつですよね? 女神様。
「《はい。おそらく、そちらの女性の発言があなたのトラウマを刺激した結果です。瞬時に思い浮かんだ過去の記憶が具現化し、あなたと……ええと、そちらの女の子?に、精神的苦痛を共有させる能力だと思われます》」
ずいぶんと曖昧な女神様だな……。
「《本当、すみません……。こんな能力を持つ人、初めてで……》」
あ、そっか。思考ダダ漏れだったんだっけ、女神様には。
「《あっ、それについてはご安心を。あなたのプライバシーは最大限尊重しますので、私との会話時以外は極力読み取らないようにしますね》」
……現代人の倫理観に配慮する女神様、ちょっと好きかも。
「《それより……冬夜さん》」
はい?
「《そちらの、倒れている女の子のことなのですが……》」
女神様の言葉に、僕はゆっくりと振り返る。
――え?
そこには、地面にぐったりと倒れている少女がいた。
さっきまで僕を睨みつけていた金髪の美少女――のはずなのに。
目の前の彼女は、まるで別人のようだった。
金髪は艶のあるストレートから、くせのある天然パーマへと変わり、
彫刻のような整った顔立ちはそばかす混じりの、どこか親しみやすい表情に。
そして何より――小さい。異様に小さい。
制服は明らかにサイズが合っておらず、袖の中に手が隠れている。
160後半はあろうかといったその身体は、中学生女子くらいに小柄になっていた
成長した肉体が縮んだというより、“戻った”と言った方が近い。
……とにかく、今はそれより様子を見ないと――
「うっ……」
ビクッと体が跳ねた。
少女が、目を覚ましたのだ。
ゆっくりとまぶたを開け、ぎこちなく上体を起こす。
僕は、できるだけ優しい声で声をかける。
「……あの、大丈夫……ですか?」
少女は、返事をしないまま自分の姿に目を落とし、明らかな異変に気づいた。
ぶかぶかの制服。乱れた髪。小さくなった手。
「……うそ……」
その小さな口から、かすれた声が漏れる。
「うそよ……」
「うそうそうそうそ……そ……そぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
まるで駄々をこねる子どものように、全身を使って取り乱す彼女。
僕はただ、茫然とその様子を見つめるしかなかった。
(……なんだこれ)
この世界の人間は、スキルの副作用で縮む習性でもあるのか?
それともこれは――
「《冬夜さん》」
また女神様の声が頭に響く。
「《おそらくですが、この方もあなたと同じ“魔法使い”なのだと思われます》」
……魔法使い?
さっきの回想みたいなやつですか?
「《はい。先ほどのあなたの魔法で、彼女自身の能力――あるいは“偽装”が解除されてしまった可能性があります》」
偽装……?
じゃあ、彼女の“あの美少女”な姿は……魔法による見た目だったのか。
じゃあ今の、この取り乱してる子どもが、“本当の彼女”?
そう思った瞬間、彼女がこちらに顔を向けた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔。
その目には、混乱と、怒りと、恥ずかしさと――
……共感できる“羞恥”が、あった