第30話 体育祭前夜
ーー2月28日。
この世界の暦は1月が春だ。
季節は5つあり、春夏秋冬に似た季節と日本には存在しない季節。
まぁ、入学式があったり、2番に暖かかったりするから勝手に春と呼んでいるだけだが。
月は13ヶ月、1ヶ月は28日。
つまり翌日は3月1日。
ーーー体育祭、前日。
***
体育祭前日の予行練習。
場所は1日目の新・闘技場。
ホログラムの校内アナウンスが競技の動線を示し、魔術陣を埋め込んだラインが足元に浮かぶ。
今日は予行演習。
本番の競技の進行や体制を確認する。
一つ一つは単調な作業のはずなのに、胸の奥はずっとざわついていた。
頭の中で、バトンの映像が繰り返される。
転がるバトン、飛び交う視線、責め立てる声。
――中三の、夏。
「クロキ! 立ち位置もう少し前ー! ラインが光ってるとこー!」
「あ、うん!」
ナディアの声に慌てて前へ出る。
足元に浮かぶラインは相変わらず発光し、歩くたびに波紋のように光る。
心臓がどくどくとうるさい。
たったこれだけのことで足がすくむ自分が情けなかった。
ーーー
日が暮れる頃には、予行はすべて終わった。
そのころには教室も部活も、まるでお祭り前日のような浮ついた空気になっていた。
だが僕の胸の中は、ずっと重いままだ。
『今日は部活、休みます。』
マジホにそう打ち込み、机に伏せる。
誰かと一緒にいるのが、今はしんどかった。
まだ10日くらいしか練習出来てない。
筋肉痛は治癒魔術で誤魔化せる。
疲れは女神様に頼めば感じなくさせてもらえる。この数日で随分と洗濯が上手くなった。
ーーそういえば僕はなんでこんなことをしているのだろう。
魔王候補を探すためなら別にこんなことしなくてもいいんじゃないか?
見つけさえすれば、別にこのクラスの人たちに嫌われたって、すぐに日本に帰れるんじゃないか?
別に見つけられなくったって、捜索の協力をすればいつかは期限を満たして日本に帰れるんだろ?
あのぬるま湯みたいな日本の日常に。
怖いものなんてなかった、あの部屋に。
友達はいないけど、バカにしてくる奴もいるけど、それでもやり過ごせていた高校に……
ーーそうだ、別に失敗しても………
「……やっぱり、ここにいたのね。」
!?
「……ニーナ?」
夕暮れの校舎裏。
ひと気のない場所で佇む僕を見つけたのは、ニーナだった。
怪訝な顔を浮かべ、腰に手を当て僕を見つめる。夕陽に染まった彼女の髪が風に揺れる。
後ろにはアニア先輩とルリアンもいる。
2人ともなんとも意味ありげな眼差しだ。
「……何の用?」
「何の用?じゃないわよ。わざわざ部活を中断してまであなたのとこにきた美女達にかける言葉じゃないでしょ?」
その声は淡々としているけど、どこか優しさが滲んでいる。
「トーヤくん……。今日も……部活……休んだでしょ……。よくない……」
アニア先輩の声は、ぼそりと落ちるように静かだ。
「べ、べ、別にその……ほ、ほら、体育祭前だし……今日は日常系の女の子同士のイチャイチャ物をみ、見よう!!」
ルリアンはオドオドしつつも話しかける。
「無理してるわね。」
ニーナは呆れたように言い切る。
「してない。」
「顔に出てるのよ。……ほら、部室に行くわよ。」
有無を言わさず僕の腕を掴む。付与はしてないはずなのに、その力は強かった。
「ちょ、ちょっと!」
「一人で抱え込むのはやめなさい。……そんなんで、ハイドロラッシュで足引っ張られても困るのよ。」
⸻
部室に戻る。
アシェルのいない部室は、いつもより湿度が高い気がした。
静まり返った部屋で、僕の呼吸だけが大きく響く。
「やっぱり……過去に何かあったんでしょ?体育祭……特にルレー。」
ニーナが真正面から切り込む。
僕は視線を逸らし、短く答える。
「……あるよ。でも、話したくない。」
「無理して隠さなくてもいいのよ。」
ニーナの声は淡々としている。
でもその裏には、苛立ちと焦りが混じっていた。
「見てられないのよ。最近のあんた。」
「……でも、言いたくない……」
僕の声はかすれて弱々しかった。
当たり前の感情だ。
あれほどの大恥と屈辱感は一生ものだ。
せめて僕の過去を知らないこの世界で、『あの日』を知られたくない………
「………それじゃあ、一生治らないよ。」
「………!?」
「トラウマは……過去は……1人で抱えてたら……ずーっと続くよ。………トウヤくんには……感謝してる。……君のおかげでハイドロラッシュに出れた……だから今度は私が……君の問題を解決……する。」
「先輩………。」
アニア先輩の目は、鋭かった。見たことない表情で僕に訴えかけてきた。
その言葉の一つ一つに、言いようもない説得力と重みがあった。
「……共感性羞恥を使えば……全部見せられるけど。」
……何をいっているんだ僕は……
「それでいいわ。」
ニーナは即答した。
「いやだ……笑うでしょ。」
「笑わないわよ。」
その言葉は、ニーナの吐き捨てるような言い方とは逆に、不思議と安心できた。
沈黙が流れる。
彼女たちの視線が突き刺さる。
責めているわけじゃない、でも逃げられない。
「……わかったよ。」
僕は目を閉じ、息を吸う。
もう何度も我慢して制御してきたおかげか、僕は任意で魔法を発動出来るようになっていた。
ーーーー"スキル共感性羞恥"
⸻
世界が暗転した。
耳に届くのは、蝉の鳴き声。
熱気を含んだ夏の空気。
地面に落ちたバトンの映像が鮮やかに蘇る。
――中三の夏。
僕の最悪の記憶が、幕を開ける。




