第2話 クソみてえな得点スキル
僕の名は黒木冬夜。高校一年。
夏の日差しのなか、ラノベを買いに行った帰りに熱中症でぶっ倒れ……気づけば異世界にいた。
そして今、転移してたった一分で、僕は女子寮に不法侵入した不審者として通報されかけていた。
「ち、違うんだ! 僕は不審者じゃない! ただ、その……道を……間違えて……!」
情けなくどもる声が、自分でも情けなくてしょうがない。
女神様と話していたときは、もっと饒舌にやれていたのに……。
女子と会話するなんて何ヶ月ぶりだろう
目の前の金髪の美少女が、鋭い眼差しで睨みつけてくる。
「その制服……うちの生徒よね? なら、ここが女子寮だってわかってるはずでしょ?」
うぐ……言い訳が通じない。僕は制服を着ている。つまり“この学園の生徒”だとすでに認識されている。
「あなた、どこのクラス? 見た感じ一年でしょ?」
「い、いや、これは……その……」
……まずい。何かいい手は……魔術、この世界は魔術がある世界なんだ。なら――。
「て、転移魔術に失敗したんだ。それで……ここに……」
「は? 転移魔術? そんなの学生が使えるわけないでしょ? ていうか、さっき“道を間違えた”って言ってなかった?」
くそっ……やっぱ通じないか……!
そのとき。
「《冬夜さん! 申し訳ありません! 私の手違いで男子寮と女子寮を間違えました!!》」
――えっ!?
「女神様!?」
脳内に直接、美しい音が響き渡る。
だがそのテンパり具合は深刻だった。
「……今、なに“女神様”って……」
「あっ...」
やっべ、うっかり声に出しちまった。
金髪の彼女が顔をしかめ、目を細めて僕を見る。
まずい。やばいやつ認定される……!
(あの目だ……)
彼女の表情が一瞬で、あの目になる。
嫌悪。軽蔑。排除。
部屋の隅に出現したゴキブリを見るようなあの視線――
(だめだ……だめだ……思い出すな……!)
しかし、その記憶はすでに引き金を引いていた。
目の前が歪む。
世界が、崩れる。
次の瞬間――
僕は“中学三年の秋”にいた。
⸻
終業のチャイム。
帰り支度を急ぐ生徒たち。
僕は塾に間に合うよう、誰よりも早く教室を出ようとしていた。
そのときだった。
「ねぇー、私の体育館履き知らない?」
教室の後方で、陽キャ女子たちが騒ぎ始めた。
その中心にいたのは、茶髪の女子・笹山由紀。
スクールカーストの頂点。全身が他人事だった。
「さっきまであったのになんか無いんだよねー」
「盗まれたんじゃない? ユキ、人気あるし~」
「うわっ、きもっ」
軽薄な笑い声が教室に満ちる。
“空気”が一瞬で支配された。
「間違えて持ってる人いるかもよ? みんな確認しよ?」
帰宅を止めた教室の全員が彼女らに従う。
そうして、一人、また一人と黄色い巾着袋を開けて中身を見始める。
僕は、内心で舌打ちした。
(なんでこいつらの都合で……)
だが、そのときだった。
袋のタグに、見覚えのない名前が刺さっていた。
《笹山由紀》
――え?
僕の指が、止まった。目を疑う。
(……違う。僕のじゃない。席もロッカーも遠いし、なんで……?)
「黒木、それユキのじゃね?」
振り返る。
陽キャ女子たちが、僕を見ていた。
その目は、怒りでも驚きでもない。
――嫌悪と拒絶の色。
「マジか、黒木って変態じゃん」
誰かの、その一言。
何かが崩れた。
僕の膝が震える。視界が歪む。
脳が拒絶しようとしても、耳は“あの言葉”を繰り返し拾う。
「変態。」
「気持ち悪い。」
「うわぁ、最悪……」
あああああああああああああああああああああ!!!
やめろ……やめてくれ!!!!!
思い出したくない……あのときのことは……!!!
⸻
次の瞬間、視界がフラッシュする。
僕は、今の僕として、その記憶の中に立っていた。
教室の中。制服姿の僕。僕を睨む女子たち。
笑う男子。ざわつく空気。
(やめろ……)
自分が、黒歴史の「当事者」として再生されている。
逃げたくても、逃げられない。
まるでビデオの強制再生。スキップも早送りもできない。
金髪の彼女もその記憶の中にいた。呆然と。
「なにこれ……なんなのよ……」
僕は頭を抱えて叫んだ。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
⸻
気づいたとき、そこは真っ暗だった。
視界はなく、音もない。宇宙のような空間。
そして――
解放された“なにか”が、僕の中心から爆ぜた。
⸻
「!?」
僕は現実に戻っていた。
傷ついた頭も、掻きむしった痛みも、不思議とない。
目の前を見ると――
金髪の彼女が、泡を吹いて気絶していた。
その美しい顔に、力はなく、仰向けにぐったりと倒れている。
「……今の、なんだったんだ……」
そんな僕の呟きに――
「《冬夜さん》」
女神様が声をかけてくる。
「《今のはあなたのスキルの能力です》」
スキル?
「《あなたの能力は“共感性羞恥”。あなたの過去の羞恥の記憶を、他者に強制的に体験させる能力です》」
……。
僕は、笑った。
(これが……異世界転移でもらったスキル……?)
誰得だよ。
誰がこんなもん欲しがるんだよ……!
僕を慰めるように、窓から差し込む光がじんわりと右半身を暖める。
ハハっ……
「……死んどきゃよかったかもな」
異世界転移して得たスキル。
「共感性羞恥」
僕はこれで、魔王候補を探すらしい――。