第26話 勉強会
「次の中から“マグカプ”の説明として正しいものを二つ選べ(完答)。」
1.白い爪と黒い牙、二足歩行で高い魔力を持つ
2.黒の毛皮に高い知能を有する
3.アリナミティ半島から中央大陸に上陸した
4.雑食で原始道具を使用していた
5.指の本数は4本である
「これの答えは1と5ね。」
僕とニーナは夜の図書館で勉強をしている。
ここエクス学園の図書館はまるで美術館だ。
建物数階分ある天井まで届く、書架の間を暖色が照らし、ガラスや金属を使った机や椅子が整然と並ぶ。古典と現代の融合――まさに異世界版のスタイリッシュ書斎だ。
「僕は答え1と2にしちゃったな。……よくわからなくて。」
「半分は当たっているわね。でも、このテストは"完答"。両方合ってないと意味ないわ。」
ニーナの解説が入る。
1.白い爪と黒い牙、二足歩行で高い魔力を持つ
「まず1はこれでいいわ。教科書通り。」
2.黒の毛皮に高い知能を有する
僕が選んだ選択肢だ。
「……これは黒の毛皮ではなくて"影色"ね。図を見るとよく似ているけれど、教科書には影色と書かれているわ。」
「そんな違いで答えが変わるの?」
「えぇ、教科書は最新の研究を忠実に記載しているわけ。黒ではなく影色と書いてあるならそれ以外の色は全部バツよ。」
なるほど……「正しいものを選べ」だから、少しでも違うならバツなのか。
3.アリナミティ半島から中央大陸に上陸した
「これは教科書には書かれてないわ。」
「やっぱり、それならこの選択肢は正解か判別出来なくない?」
「えぇ、こういうときは一度"次の選択肢を読むまで保留"するの。仮にこれがわからなくても残りの選択肢の正誤が判断出来れば消去法が使えるわ。」
へぇ、一問解くだけでここまでたくさんのアプローチがあるのか。
さすがエクス学園だな。
4.雑食で原始道具を使用していた
「バツね。教科書にも"原始道具"ではなく、"起源道具”と書かれているわ。」
よかった。これは俺でも出来てたわ。
5.指の本数は4本である
「これがこの問題の難易度をあげている原因よ。教科書の文章だけでなく、資料にちゃんと目を通しているのかも問われるの。」
「本当に教科書に忠実でなきゃ解くことは出来ないんだね。」
「そうね。みんな選択肢の3はわからない。しかし、資料を読み込んでいるかいないかでこの選択肢が正解だと判断出来れば3の知識は不要なの。」
そうして僕は教科書の資料に目を通す。
確かに指は4本だし、欄外の解説に小さく書かれているじゃないか……‼︎
「……これでこの問題は終わりよ。何か質問は?」
「ないよ。ありがとう。本当にニーナって勉強出来るんだね。」
「あんただって、この学園に入学できたんだから努力すればこのくらい出来るはずよ。」
「………。」
ニーナは教え方も上手い。
彼女の考え方に、どのように勉強すればいいのかが詰まっているし、本番でもこのやり方を実践出来れば高得点を狙えるはずだ。
しかし、僕はこの学園に入学したわけではない。女神様にしてもらっただけ……。
「じゃあ次はこの問題ね。」
「うん、お願い。」
***
「今日はこの辺で終わり。また空いてる日に教えるわ。」
「本当、ありがとう。助かるよ。」
「ちゃんとお昼私に奢るのよ。じゃあまた明日。」
「うん。またな。」
ニーナと別れ、僕は帰路に着く。
時刻は17時、この世界ではもう寝る時間だ。
「《お疲れ様です、冬夜さん。寮に夕食を用意させておきました。》」
「お気遣い、ありがとうございます。」
僕が協力するべき立場なのに、女神様にあれこれ世話してもらってばかりだ。
……せめて自炊くらいは出来るようにならないと。
「でも、今日はもう少しだけやりたいことがあるのでちょっといいですか?」
「《えぇ、もちろん。》」
女神様は心を読める。僕が何をするのか理解してこの方は優しく微笑んだ。
***
頬を撫でる夜風の心地良い夜。
風が運んでくるのは涼しさだけじゃない。
赤土の匂いとやっぱり発光している白線が夜を照らす大グラウンド。
体育祭2日目の舞台だ。
「......我に更なる力を、ウエイト」
「糧なる恵みを巡らせよ、クレイン」
「神よ、父なる大地を踏み付ける我にお許しを、ハムストリングス」
女神様から教わった付与魔術をかける。
アシェルほどの強化はしない。
まずは10〜9級の付与から徐々に慣らす。
……よーい、ドン!!
「ぐっ!!」
大地を踏みしめ走り出す。
踏み出す一歩で数十m前に飛び出し、土煙が勢いよく巻き上がる。
前屈姿勢をなんとか維持し、勢いに身を任せ疾走………‼︎
「うわっ!!」
ドシャっと、転ぶ僕。
前屈姿勢から頭を地面に衝突させ、転がり込むように大地とハグする。
アシェルの付与より弱めてもまだ頭が速度に追いつかない……‼︎
「うぇ!!ペッ、ペッ!!」
怪我はない、痛みもない。しかし、グラウンドの赤土が顔中にまとわりつき口内が細かな違和感で満たされる。
「………クソ。」
真っ白な体操服は赤土で泥々。汗ばんだ肌に砂がまとわりついて鬱陶しくて仕方がない。
「潤せ、【水膜】プレーニング。」
肌を潤し、砂を洗い流す。
こりゃあ、洗濯必須だな。
……この世界の洗濯機魔術必須だからめんどくさいんだよな。
もう一回、走るかーーー
「おい、クロキ、こんな時間に何してるんだ?」
「うわぁ!? びっくりした。」
気がつくと背後にオルドが立っていた。
女神様との会話聞かれてないよな?
「ルレーの練習か? 精が出るな。」
「そういうオルドはランニング?」
「あぁ、肉体作りに体力は欠かせないからな。」
ランニングウェアに身を包み、バキバキの肉体がウェアの隙間からチラチラ見えてる。怖。
意識高え……。この学園の生徒こんなのばっかだな。
「なら手伝おう。バトンパスは1人では練習出来んだろう。」
「え?いいの?オルド、ランニング中でしょ?」
「努力するやつは好きだ。それに、俺だって勝ちたいんだ。」
隣に並び、オルドがバトンを手渡す。
いや、バトンじゃなくて空の水筒か。
「バトンパスの練習だ。正しいフォームを知れば速度が上がっても対応できる。」
「わ、わかった……やってみる。」
勉強会で感じた焦りや劣等感はまだ残っている。「女神に連れてこされただけの存在」という思いは消えていない。
でも、ニーナと勉強したことで、少しだけ内側に火が灯った気がする。
もう少しだけ、頑張ろう……
オルドの指示に従い、バトンを手にして走る。踏み出すタイミング、腕の振り、受け渡しの角度――意識することは全てオルドが教えてくれる。
「せーの!」
バトンを受け取り、前に進む。
ぎこちなくも、転ぶ寸前で体勢を立て直す。
土煙とともに足が地面を蹴る感覚が体中に伝わる。
「ふふっ、まだまだだな。」
「あははっ。」
つい笑みがこぼれる。勉強会で燃えた内側の火が、今の努力に変わっている。
「よし、次はリレー形式で走ろう。ペースとバトンパス、両方意識するんだ。」
深呼吸をして、心の奥にくすぶる劣等感を押し込み、もう一度踏み出す。
小さな火は、まだ弱いけれど――
それでも、この一歩一歩が、少しずつ自分を変えてくれる気がする。
聖エクス学園体育祭開催まで、あと1週間。




