第17話 トランスランカー
「よ、よろしくお願い!!………します……!」
抑揚がありすぎる挨拶と同時に、なぜか始まった魔法バトル。
閑散とした部室棟に、じわじわと異様な魔力が満ちていく。
「あの、アニア先輩。」
「……なに?」
「ここで魔法使って大丈夫なんですか? 学校内だし、狭いし、バレるかも……」
「……平気……結界魔術……得意な先輩が……完全防音と……高魔力・物理耐性結界……張ってるから……」
「……そうですか。」
異世界、なんでもアリ。
けど、黒歴史を人前で再生する魔法なんて、本当は死んでも使いたくない。
「せ、せんぱい……あの、私……」
お、ルリアンも渋ってる。このまま押し切って──
「……そういえば……“エッキシ”って配信者……炎上して……引退するらしいよ……」
アニア先輩の突然の話題転換。配信者? なんで今それを──
「うおおおおおおおおおおおお!!
ざまぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
ルリアンが爆音で吠えた。
か弱い声のままなのに、耳を裂くような声量。空気が震える。
「なっ!?」
次の瞬間、彼女の体がみるみる巨大化する。
比率はそのままに、制服も靴も含めて全てが二倍、三倍のサイズに。
床が軋み、机が震え、天井に後頭部が届いた。夕日が遮られ、視界が制服一色になる。
「ふふっ。これが私の魔法。新入り、お前は私より下っ端だ。」
声はか弱いまま、態度だけが暴君化。
見上げるしかない巨体から降り注ぐ視線が、えらく傲慢だ。
「……アニア先輩、これは?」
「……ルリアンちゃんの魔法は……自分より上の立場の人が……バカなこと言うと……強くなるの……」
性格悪っ。なんだよその魔法。
ていうかこの異世界に来てからまともな魔法が一つもないぞ。頭おかしくなりそうだ。
ルリアンは胸を張って宣言した。
「私の魔法は《トランスランカー》。自分の世界ランクを自己決定し、無限に強くなれる!!」
魔法に名前付けてんのかよ、てか世界ランクってなんだよ。
「さぁ、トウヤ・クロキ。お前の魔法を見せろ。」
くそ……やらされる流れだ。
俺のスキルは使えば過去が“鮮明に上映”される。そんな羞恥拷問を進んでやるわけがない。
「ふっ、会話すら出来ないか……」
その一言が、胸の奥の何かを静かに引きずり出した。
背筋を冷たいものが這い上がり、呼吸が浅くなる。
ふっ、と世界が闇に沈む。
⸻スキル"共感性羞恥"
***
中学3年、公民の授業。
「じゃあ、隣の人と話し合ってみよう!」
明るい教師の声。
僕は新しい席の隣の女子に話しかけようと、胸の中で準備していた。
“知識があれば一目置かれる”と信じていたから。
「この事件ってさ〜、YouTuberが言ってたんだけど──」
ドヤ顔で話す僕。
けれど、彼女は一度もこちらを見なかった。
後ろの友達と笑いながら会話を続けている。
二度目の試みも、返ってきたのは沈黙。
笑い声が自分だけを避けて流れる。
三度目で理解した。
ああ、これ、無視されてる。“うざい”って思われてる。
胸が縮こまり、頬が熱くなる。
体は冷えるのに、心臓だけがうるさく暴れる。僕はふてくされたように教科書を開いた。
そのとき。
「どうしたの?」
目の前にしゃがみこんだのは、公民の女教師。優しい声。
でも僕には、それが「哀れみ」にしか聞こえなかった。
「それじゃあ、先生と話そっか。」
僕の隣の彼女を見て、何かを察したその表情が、何よりも刺さった。
⸻
「あああああああああああああああああああああ!!!!!」
闇が裂け、部室に夕日が戻る。
耳を打ったのは、ルリアンの絶叫。
「ぐ……っ! はぁ……はぁ……!」
僕は痛む胸を押さえながらも立っていた。
今日は我慢しない、スキルを全解放した。
白目を剥くルリアン。
巨体が縮み、夕日が差し込む。
机や床が、重圧から解放されて軋みをやめる。
「……その……うん……分かった……ありがと……なんか……ごめん……」
アニア先輩も珍しく言葉少なだ。
これだ……これが嫌なんだ、この気まずさ。
「じゃあ……これ……書いて。」
先輩がプリントを差し出す。
『入部届』
「あ、はい。……ペンあります?」
聖暦2030年2月14日13時68分。
黒木冬夜、魔法研究部に入部。




