第16話 魔法研究部
陰る太陽に代わって、僕らを見守る月明かりが降り注ぐ夜。
この世界の月は、なんとも眩しく、儚い。
決して太陽には敵わない微光を発しながら、静かに世界を包み込んでいた。
この世界では一日が二十時間。
一時間も、一分も、一秒すら、地球とは異なる。
その違いが、じわじわと僕の体内時計を狂わせる。
そんな中で、ひときわ異質な感覚。
一秒がたしかに「止まった」と思えるほどの衝撃が、僕を襲った。
――《我々はあなたが魔法使いであることを知っている。》
“魔法研究部”と名乗る団体から届いた一通のメール。
それは、僕の異世界生活を揺るがす、深刻なものだった。
「……どこでバレたんだ……」
ぐるぐると駆け巡る思考と記憶。
混乱が思考を上書きしていく。
なぜ、どうして、いつ、どこで、どうやって。
バレた。
「まさか……」
記憶のルーレットが止まる。
そして、初日に戻る。
――僕が明確にスキル《共感性羞恥》を発動させたのは、たった2回。
ニーナに出会った時。
女子寮から脱出して彼女と再会した時。
どちらも制御ができていなかった。
女神様も困惑していて、隙だらけだった。
あの時、誰かに……見られていた?
《……冬夜さん。》
女神様。
《落ち着いてください。……状況はまだ、完全には明らかになってません。》
「……女神様……」
《ただ、ひとつ言えるのは――このメッセージを送った者は、単なる一般人ではありません。
しかも、あなたが魔法を使えると知った上で、意図的に接触を図ってきている。》
「つまり……敵……?」
《可能性は否定できません。接触には警戒してください。……何があっても、すぐに魔法を使ってはなりません。》
魔法を、使うな。
その言葉に、静かな緊張が走った。
***
「魔法研究部……?」
「そう、何か知らない?」
翌日、昼休み。誰もいない教室。
僕は、学食で一番高い定食を奢った上で、ニーナに相談していた。
お金は女神様のポケットマネーだ。
ニーナは仲良しグループの3人を先に帰し、自身の魔法が解除されたことを確認すると、表情を引き締めて本題に入った。
「……“魔法研究部”なんて名前、安直すぎるわね。魔法隠してる時代にそんな堂々と……」
「そこなんだよ。名前がストレートすぎて逆に怪しいというか……もうちょい隠せよって感じ。」
「で、そいつらが、メールを送ってきた?」
「うん。」
ニーナは腕を組み、少し考え込むように視線を逸らした。
「……なら、私も行くわ。」
「え?」
予想外の言葉に、思わず聞き返す。
「魔法を知ってて接触してきた時点で、ただの部活じゃないわ。
仮に本当に“魔法研究”をしてるっていうなら、何か企んでる。利用される前に、こっちが利用するのよ。」
「ま、待って。ニーナの魔法はまだバレてないんだよ?巻き込まなくても――」
「だから。バレてない今のうちに、情報を得ておきたいの。
……あなたを囮にしてね。」
「…………昼飯1回じゃ、借りを返しきれないね……」
「当然でしょ。」
ため息混じりに返すと、ニーナは軽く微笑んだ。
「……わかった。でも、部室に入るのは僕一人。君は外から監視して、何かあったら助けてほしい。」
「了解。でも、手に負えなそうなら置いて逃げるから。」
「えぇ……。」
今日もニーナは通常運転だ。
***
放課後。僕は部室棟2階、指定された場所へと足を運んだ。
「魔法研究部」と、妙に雑な手書き看板。
何度見ても、ふざけているのか真面目なのか分からない。
「いや……もうちょいカモフラージュとかさぁ……」
ため息をつきながら、ノックを2回。
「すみませ〜ん」
「はい」
聞こえてきたのは、女子の声。
そして、ドアが開いた。
「君が……トウヤ・クロキくん……だね?」
目に飛び込んできたのは白。
白髪。紫の瞳。吐息混じりのゆったりとした口調。
どこか不気味で、どこか……達観したような雰囲気。
「そ、そうです。あなたが……ルリアンさんですか?」
「違う……私はアニア……二年生、部長。」
「あ、すみません……」
じゃあ、ルリアンは――
本棚の影から、小柄な少女が顔を出した。
「ルリアンちゃん……出ておいで……」
ぴょこ、と擬音が似合う動作で、彼女は現れた。
腰まである銀髪に、華奢な体格。魔法解除後のニーナくらいか。
「君が、ルリアンさん?メールを送ってきたのは……」
「あっ、えっと、そ、それは、その……」
もじもじ。目が泳いで、声が小さい。
他人から見た僕も、こんな感じなのだろうか。
「……あ、はい。私……です。」
この子が、あのメールを?
見た目の印象と、あまりに違いすぎて困惑する。
「……まぁいいです。本題に入りましょう。どうして僕に、あんなメッセージを送ってきたんですか?」
僕はルリアンではなく、アニア先輩の方に視線を向ける。
その言葉に、アニアは表情を変えず、じっと僕の目を見据えて――
「私たちも……魔法使いだから……。」
……それは、ある程度予想していた。
でも、次の言葉は予想の斜め上からやってきた。
「そして………部員が……欲しかったの。」
「…………は?」
思わず間抜けな声が漏れた。
いや、今なんて言った?
部員? 部員って、あの、部活とかがよく言うやつ?
「うん……欲しかったの…部員。……魔法が使える。」
「………」
こっちは命の危機とか、監視されてるかもとか考えてたのに、
動機が高校のゆるふわ部活動レベルだった。
「この学園に魔法に興味ある人…全然いなくて……部員…集まらないの。
だからあなたみたいな……魔法使いを見つけて、こう……すっー……と、入部に誘う戦法を試してみたの。」
「……勧誘、だったんですか……?」
「そう……メールで……ギリギリのラインでね…。」
いやいや完全に脅迫だろあれ
普通にホラーだったし。
初手「我々は知っている」って、怪文書でしょ。
「しかも最近……ルリアンちゃんが……“魔法バトルしてみたい”……って言ってて……」
「え?あ、そ、それは、アニメ見ててつい言っただけで、別に本心では!!」
うわ、顔真っ赤になってる。
声の音量差激しいな。
「それで……君が来てくれたから……ちょっとルリアンちゃんと……魔法使った勝負………を。」
「……なるほど……」
なるほどじゃない。
全部、ノリと思いつきと部員不足の産物じゃないか。
こっちは警戒して、ニーナにも警戒させて、
女神様も「すぐに魔法を使ってはなりません」とか言ってたのに。
「《………。》」
「……ちなみに、この“魔法研究部”って名前、他になかったんですか?」
「前は…あった……もともと『禁術探求クラブ』だったけど、先生にわかりにくいから……“魔法研究部”にしろ………って。」
「そんな軽い理由で……?」
「だって……名前がヤバい……って言われた……から。」
「うぅ……うぅ……」
ルリアンが机に顔をうずめてうなっている。
……もうツッコむのも疲れてきた。
「やる? 魔法バトル……」
「いやいや待ってくださいよ。それ、どう考えてもこの流れでやるやつじゃないですよね?」
「うん……でも君……押したら断らなさそう……」
女神様といい、アニア先輩といい僕ってそんなにチョロそうに見えるの?
そして僕の正面に立つルリアン。明らかに緊張してる。
いや、手がプルプルしてるじゃん……戦う気あるの?
「こ、こんにちは……お手柔らかに……し、してくださ……っ!」
「……マジでやるの? これ……?」
こうして、僕の入部試験(?)は、妙なテンションのまま幕を開けることになった。




