第10話 魔王、君臨
ーーー全ての魔術には等級が存在する。
1級から10級。数字が小さいほど威力は絶大で、習得難度も桁違いに高い。
その頂点に君臨するのが――
1級火魔術。
伝説級の魔術。
一度放たれれば、街どころか国の地図さえ塗り替える。
歴史上、使用されたのはたった一度だけ。
その一撃で消えた王国の名前を、今は誰も覚えていない。
研究も使用も、国際条例で絶対禁忌とされている。それほどの魔術が、もし今この時代に現れれば――
***
「《………これが、魔王が君臨した未来です。》」
淡々と感情を押し殺して語る女神様。
俺の目の前に広がる光景は、異世界とはいえ、この世のものとは思えなかった。
黒炎に飲み込まれる街。
地面に焼きついた人影。
赤黒く染まった空。
耳の奥で鳴り止まない轟音。
喉を焼く熱気と、鉄のような焦げ臭さ。
「ど、どうして、こんな魔術が……?」
「《今から10年ほどの未来、デア王国を含む同盟国と敵対国の連合軍で戦争が起こります。その結末が、この惨状です。》」
戦争――。
地球だろうと異世界だろうと、人間は変わらないらしい。
「《デア王国は腐敗が進んでいましたが、保守的な彼らが戦争に踏み切ることなど、本来あり得なかったのです。》」
「………魔王候補が戦争を引き起こしたと。」
「《えぇ……。》」
「《……本来、テラグルは研究すら禁止。しかし戦況悪化により、早期決着を狙った各国が使用を決断しました。》」
超破壊兵器による戦争終結――。
姑息、ただただ姑息、手段を選ばないにも限度がある。
自分は一切手を下さず、火種を起こして争わせるだけ。
胸の奥で、言い表せない怒りが膨れ上がる。
国同士の戦争、激戦の果てに投入される大量破壊兵器。
俺はこれを知っている。
都市を一つ容易に滅ぼせる兵器。
そう、核兵器だ。
この世界の高等魔術は核兵器のように国同士への抑止力になっている。
たった1人。一級魔術を使えるものが生まれるだけで、国の軍事力が一変する。
それを利用し、強力な魔法使いが好き勝手やるだけでこうも世界は蹂躙される。
この世界は、ひどく不安定で理不尽だ。
「テラグルを使ったのは、魔王候補なんですか?」
「《いいえ。ノースト国の魔術師です。魔王候補が使っていれば、正体も掴みやすかったのですが……。》」
「……つまり、魔王候補は戦争を仕組み、他国にテラグルを撃たせた……?」
「《はい……。あなたの推測通りです。》」
女神様の声は冷たかったが、わずかに掠れていた。怒りか、悲しみか――。
そのとき、視界の端に動くものがあった。
崩壊を免れたエクス学園の塔。
最上部に、黒炎の影響を受けない数人の人影が立っている。
少女、男、老人……年齢も性別も様々。
焼きついた残像ではない。
ただ、この悲劇を見下ろしていた。
背後からでは顔は見えない。
だが直感が告げる――この中に未来の魔王候補がいる。
「《彼らの素性は不明ですが、魔王候補と関係しているのは確かです。》」
まぶたに焼き付ける。今とは姿が違うかもしれないが、何か一つでも覚えておく。
胸が重く、息が詰まる。
「……僕が魔王候補を探し出せば、この悲劇は止められるんですよね?」
「《はい。正体が掴めれば、後は私が命に変えてでも止めてみせます。》」
命を助けてもらう見返りのつもりが、とんでもない大役になった。
***
「……っは!」
息を荒げながら目を開ける。
まだ胸が締め付けられ、指先が震えている。
耳の奥では、さっきまで聞こえていた轟音の残響が消えない。
俺はこの世界の未来を救わなければいけない。そのために魔王候補を見つけ出し、世界を救い、日本に帰る。
人生最初で最後の大役を背負い、僕は決意を固める。
重い空気を振り払うように深呼吸――したところで、視界の端に紙が一枚。
「ん? ………あっ。」
『中間テスト範囲』
語学:「ウロヴォルの虚しい目覚め」、命題論理1〜4節
算術:数と式
術理:詠唱暗記 7〜6級(水・土・風・治癒・解毒・祓魔)…
……………。
「…………これ、無理じゃね?」
魔王候補だのテラグルだの言ってる場合じゃない。未来を変える前に、この現状を変えなければ――。
とりあえずプリントを見つめながら、俺は考える。
「女神様、未来より今のテストを何とかしてくれませんか……。」
「《………………。》」
なぜだろう……返事はない。
あぁ、神も仏もいない。
明日から全力でやるか?
いや、明日は準備だ。計画が大事。
計画を立てるための資料整理を……その前に昼寝を……。
気づけば、ペンを握ったままベッドに沈み込んでいた。




