第9話 そういえば結局、魔王候補ってなんなの?
ーー詠唱破棄。
通常、詠唱・魔法陣のどちらかが発動に必要となる魔術を魔法陣を使わず、詠唱を一部短縮したり、魔術名だけで発動させる高等技術。
本来ーー数千、数万回以上の同じ魔術を行使することで習得する技能。
ー魔数出版『高等術理基礎 改訂版』ー
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「詠唱破棄って、君……ほんっっっっと凄いよトウヤくん!!!」
アシェルが突然、僕の机をバンッと叩いて迫ってきた。
次の瞬間、僕の肩を両手でがっちりホールド。
「トウヤくん!!!詠唱破棄ってのはね、本来魔術に必要なプロセスである詠唱を省略してね、あ、詠唱は昔魔法陣を言霊にしたものなんだけど、とにかくそれを使わないで魔術を扱うことは本当に難しいんだ!!!どのくらい難しいかっていうとね、ペンを使わずに紙に文字を書くくらいなんだ!!そういえば、君、魔術を使う直前に魔力が膨れ上がったけどそれって体質?それとも詠唱破棄のための方法とかなのかな?教えて欲しいな〜!!」
いや、近い近い近い。長い長い長い。
完全に子におもちゃをねだられる親の気分だ。しかもこの腕力、なんだこいつ。
女子の視線が痛い。なんで遠巻きにこっち見てんだ、助けてくれよ。
「アシェル〜、ちょっと落ち着け。クロキくん逃げちゃうよ〜(笑)」
「まったく、お前は興味あると本当に止まらん。」
後ろから二人の男子がやってくる。
一人は糸目で薄紫のマッシュヘア。ひょろっとしてるけど、笑顔がやけに人懐っこい。確かカイだ。
カイ・アルベリア。
もう一人は真逆。短い青髪、軍人レベルで引き締まった体。視線鋭っ。
名前は……
オルド・パンタレオン。
よかった。ちゃんと覚えられてる。
「悪いなクロキ。こいつ、魔術のことになるとマジでブレーキないんだ。まぁ、仲良くしてやってくれ。」
「これ以上、俺たち以外の被害者を増やすな。」
なんだろう、この人たち……めっちゃ良い人そう。カースト上位組なのに、嫌味がないのは好感度高い。
「ご、ごめんねトウヤくん!でも詠唱破棄なんて、この学園でも数人しか出来ないよ!?君、絶対有名になるよ!!」
「やめてくれ……僕、目立ちたくないんだ。」
……いやマジで。注目されるのが一番嫌なんだよ。それに魔王候補を見つけるためにも悪目立ちは避けたい。
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「トーヤくん、ほんとすごいよね。」
不意に横から声がして振り向くと、そこにはニーナがいた。
どうやら教室では淑女キャラで通している
彼女はにこっと笑って僕に話しかけてくる。
"冬夜くん"ねぇ……。
昨日の優しいが、サバサバした少女はどこへやら。
「え、あ、おん。」
ニーナの話し方に驚く僕、
瞬間、ニーナのその目が僕を射抜く。
「私に合わせろ」
「学校での私のキャラはいつもこんな感じだ」と語りかけてくるようだ。
咄嗟に僕は、違和感ないよう会話に答える。
「いやいや、偶然だから!ほんと、たまたま!奇跡ってやつ!」
「ふ〜ん。じゃあ次の授業で、その“奇跡”もう一回見せてもらおっかな?」
「やめてください死んでしまいます。」
こ、こいつぅ………。
僕がせっかく学校のキャラに合わせてやったってのにぃ…………
たぶん僕の苦しむ顔を見るの楽しんでるタイプだ。
そうして休み時間が終わる。
その後の授業は、地獄だった。
・詠唱暗記………無理、知っているわけがない。小テストは女神様のヘルプでなんとかなった。
・異世界史………情報の津波で溺死。
全く授業についていけず。
こうして、一日目が終わった。
***
「クロキ。」
帰り支度中、フォンが声をかけてくる。瞳が真剣だ。
「……まさか詠唱破棄が出来るほどの腕前だとは思わなかった……あのさ、今度空いてる時間でいいから俺に詠唱破棄のコツとか教えてくれないか?」
「えっ……いや、僕、たまたまだし……。」
「たまたまで七級水魔術は出せないだろう。頼む。」
やばい。クラスで過大評価されてきてる……。
「……わかったよ。放課後とか空いてたら。」
でも、せっかく仲良くなるチャンスなんだ。断るわけにはいかないだろう。
「助かる。それと、来週から中間テストだろ?俺も協力する。勉強、困ってるんじゃないか?」
「……正直、めちゃくちゃ困ってます。」
え、マジ!? そうか、勉強。
授業わからないなら友達に聞けばいいのか。
元の世界で友達のいなかった俺には、友人から勉強を教わるという概念がえらく新鮮に感じた。
フォンは笑って、マジホを取り出す。
「エムチャ交換しよう。」
……あぁ、M-chat。この世界のLINE的なやつか。
「ありがとう。勉強でわからないことあったらなんでも聞いてくれ。これでも、勉強は得意なんだ。じゃあな。また来週。」
「うん。そのときは是非お願い。」
こうしてフォンとも別れた俺はアシェルの猛攻を掻い潜り無事寮に着いた。
こっちの世界では驚くほど順調に学園生活が進んでいるな。
ううっ、逆に戻った後の高校生活が不安になってきたぞ……。
***
寮のベッドに倒れ込んだ僕は、動画サイトを眺めている。
いや、わかってるよ。
来週から中間テスト。でも、今日は疲れたからちょっと休憩。ちょっとね。あと少ししたら勉強するさ。
そうして、寮のふかふかのベットに寝転がりながら部屋にあったポテチもどきを食べる僕。
某動画アプリに似たサイトにはなにやら見覚えのある絵柄が………
こ、これは!!
アニメだ……!この世界にもアニメがあるのか!
最高だ!!
まだ見ぬ名作を探し、
テスト勉強は後回しに――
『お疲れ様です、冬夜さん!』
「うわっ!?」
誘惑に負けそうになる直前、
脳内に響く声。女神様だ。
「《初めての学園生活、いかがでしたか?》」
「……楽しかったです。知り合いも増えました。」
「《それはよかったです!》」
正直、これまで高校ではぼっちだったから異世界の学園生活は新鮮なことばかりでかなり居心地が良い。
だが……
「《しかし……まだ魔王候補の手がかりはなさそうですね。》」
そう、魔王候補。
僕がこの世界に来た目的だが未だ手がかりの一つすらない。
ニーナ、フォン、アシェル、カイ、オルド……これまで出会った人たちに怪しそうなのはいない。
あっ、そういえば……
ーーふと、俺は疑問が浮かんだ。
「女神様。ひとつ質問があります。どうすれば、その人物が魔王候補だってわかるのでしょうか?」
そう。魔王候補をそもそもどうやって見分けるかだ。
異世界に来る前に、怪しい人を報告してくれるだけで良いとは言っていたが……
「《まず、強力な魔法を持っていること。それが条件です。》」
「強力な魔法……。」
「《ええ。なんの魔法かは分かりませんが、間違いなく魔法使いである可能性が高いです。》」
声の調子が僅かに震えた。
「そ、そこまで断言出来るほどなんですか?」
「《はい、だからこそ、この世界の人たちではなく、女神である私が介入しなければならないのです。》」
そういうと女神様はなにか、決意をしたようだった。
ふぅっと一息吐き、整える。
「《冬夜さん。今からお見せします。私が視た“未来”を。》」
「未来……?」
「《はい。魔王が君臨した、最悪の未来です。》」
女神の声とともに、視界が白に染まる。
一瞬、僕のスキルが発動したのかと思ったが、明らかに違う。
僕の脳内に鮮明すぎる映像が流れ込んで来たーーー
⸻
──数秒経って、僕はここが"未来のエクス学園"であることを理解した。
崩れた尖塔。燃え盛る学園。
黒い炎だ。黒い炎が学園を飲み込んでいた。
黒いのに、光っている。
光なのに、闇より暗い。
なのに、手を焼くほど眩しい。
瞼を閉じても、網膜に焼きつき、離れない。
これを表現する語彙はこの世に存在しないだろう。その炎はとても異質で、蠢いていた。
炎なのに、揺れない。
風は吹いているのに、
音もなく、
緩やかに、
そして静かに、
黒い炎はあらゆるものを世界から消滅させている。
ただ、膨張と収縮を繰り返し、脈動するかのようにデア王国を、世界を消し去ってゆく。
なぜだろう。影のようなものはあるのに、不思議と人はおろか、死体の一つすらない。
『《これが、私の見た未来です。》』
女神様の声が冷たく響く。
国を滅ぼすほどの大魔術。その名は――
《一級火魔術──テラグル》




