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第2章:忘れ香の塔編ー最終話:最後の記録官

観香庁の別室に通されたのは、白髪混じりの老記録官だった。

名は、フン。十年以上前に第三記香塔に勤めていたという。


「玲華様とは、何度かお会いしました。……あの方は、誰よりも香に誠実な方でした」


その目は澄んでいて、言葉の一つひとつに迷いがなかった。


「聞かせてください。“鈴の女”――リュウについて、何をご存知ですか?」


静華が問うと、馮は一瞬だけ目を伏せた。そして、ぽつりと呟く。


「……彼女は“記録に残らない調香師”でした。正確には、記録に“記されることを拒まれた存在”です」


「拒まれた……?」


「塔の最上階は、もとは“記録封印室”として使われていました。

そこに配置されていたのが、リュウという名の女性。

彼女は、帝都がかつて秘密裏に進めていた“記憶調香”の管理者だった」


静華の胸がざわつく。


(記録香と記憶香――母さんが残した技法……それを実用化していた者が、すでにいた?)


「彼女の香は、記録を消すだけではありません。香を吸った者の記憶を“書き換え”、別の過去を“刻み込む”のです」


「記憶の捏造……」


馮はゆっくりと首を振る。


「違います。それは“意志の移植”に近い。

リュウは、誰かの記憶と感情を香に封じ、それを“他者に伝える香”として作り変えていた」


「……誰かの記憶を、別の誰かに“渡す”……?」


それは、静華が知る“記録香”の対極だった。

真実を刻むのではなく、意志を複製し、他人に流し込む。

それは、香を使った“人格の上書き”にも等しい。


馮は続ける。


「玲華様は、それを“人間の尊厳を奪う香”だと言っていた。

だからこそ、彼女はその香を封じるため、最上階でリュウと対峙した」


静華は思い出す。

記録香第十一式の中で、玲華が語っていた言葉。


《香は、真実を閉ざすためにあるんじゃない。人を導くためにあるんだよ》


「……母さんは、記憶を守るために記録香を作った。

でも、リュウはそれを……利用していた」


馮の目が鋭くなる。


「私がこの塔を去った数日後、玲華様は“事故死”として報告されました。

けれど私は信じていません。あれは、“香による抹消”だった」


「母は――リュウに記録を“消された”」


「おそらく。

ですが、あの人は最後の最後で、自らの記録を“香に託した”。

そして、あなたに辿り着かせたんです」


静華は静かに立ち上がり、香包を握りしめた。


「馮さん、ありがとうございました。

……私は、“鈴の女”リュウが今もどこかで“香を使っている”気がしてなりません」


「ええ。塔から姿を消したあの日以来、彼女の行方は不明のまま。

けれど、香は嘘をつかない。

あなたのように“香を聞ける者”がいる限り、きっと真実に辿り着けるでしょう」


夜、静華は観香庁の屋上で空を仰いでいた。


冷たい風に乗って、どこかからかすかな鈴の音が届く。

けれどそれは、もはや怖くはなかった。


(私は、香を信じる。香が導く“母の想い”を、最後まで追い続ける)


香の調べは、まだ終わらない。

そして――“鈴の女”との再会も、刻一刻と近づいていた。


ー第2章「忘れ香の塔編」完

玲華の遺した“記録香”を辿り、静華はついに「鈴の女」の正体に近づきました。

母が命を懸けて守ろうとした記憶と意志は、香に封じられ、確かに静華へと受け継がれます。


香とは何か――。

それが人を操る力になるのか、それとも心を繋ぐものとなるのか。

静華の選ぶ道が、ここから明確に“対立”へと向かっていきます。


次章では、記録塔を出て、帝都全体に“鈴香”の影が広がっていきます。

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