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第5章:琥珀夢境編ー第4話:香夢の市と、目覚めぬ調香師

香草街の騒ぎが静まった数日後。

帝都の北側にある“香夢の市”が、観香庁によって一時閉鎖されるという通達が出た。


理由は、「夢香壺による症例」が複数の香店舗で確認されたため。


しかしその裏には、静華たちがまだ知らない“もうひとつの香事件”が隠されていた。


「香夢の市には、まだ“起きていない者”がいるの」


リンはそう言った。

夢の香から覚めた今、彼女にはまだ“夢の奥”に何かが残っている感覚があった。


「ひとり、夢香壺の調香師がいた。あの香を作った、たったひとりの人。

でも、その人は……今も“夢の中に閉じ込められたまま”なの」


静華は息をのむ。


「調香師が……夢から戻れない?」


ユウが確認するように言う。


「つまりその人が“夢香壺”の発生源ってこと?」


「ううん、“共鳴者”だと思うの。

壺を使った誰かが、その人の夢と共鳴して……そこから“香が街に広がった”んだと思う」


香夢の市――


かつて夢見香むけんこうという分類の香を専門に扱う者たちが集まり、

“夢を売る店”と称された幻想の市。


いまは、香庁の監視下にあり、人の出入りは制限されていた。


だが静華たちは、リンの“夢の記憶”を頼りに、市の奥へと足を進める。


たどり着いたのは、ひときわ古びた香工房。


その扉の奥にいたのは、眠る青年――調香師レンだった。


琥珀色の香壺が、彼の枕元でかすかに明滅している。


「……これが、“本来の夢香壺”?」


静華が香を焚き、慎重に青年の意識へと接続を試みる。


夢の中。


静華は、どこまでも続く“香の市”を歩いていた。

そこには無数の“夢の香”が並び、人々が誰かの想いに触れては歩みを止めていた。


その中央に、青年レンはいた。


けれど彼の足元には“黒い香霧”が溜まり、動けないようだった。


「……君も、夢を見に来たの?」


「ううん。あなたを迎えに来たの」


静華は手を差し出した。


「あなたが撒いた香は、今この街を眠らせてる。でも、あなたは“帰り道”を失っただけなんでしょう?」


レンはかすかに微笑んだ。


「僕は……夢にしか香を作れなかった。

現実の香は、誰かを癒やすには遠すぎた。

でも、夢なら――みんな幸せな場所で、記憶を抱きしめられるから」


「香は夢に逃げるためのものじゃない。

ちゃんと現実に“戻れる香”もある。母がそう教えてくれた」


静華が再調香した“記憶回帰香”が、そっとレンの手に触れた。


夢の香霧が晴れ、道がひと筋、現実へと繋がる。


現実世界。


調香師レンは、静かに目を開いた。


「……ここは……?」


静華は小さく笑う。


「香夢の市。夢は終わったけど、現実がまだ続いてるよ」


リンが近づく。


「あなたの香、わたし、好きだった。

でも、今度は“誰かを迎えに行く香”を作ってほしいな」


レンは照れくさそうに頷いた。


「……ありがとう。ようやく、帰れた気がする」


その夜、香夢の市は正式に“無期限休市”となった。


だが、レンは観香庁の試験研究員として香記録の整理に協力し、

“夢香技術の再評価”に力を貸すことになる。


静華は観香庁の窓辺で、琥珀の香をそっと焚いた。


「香が夢を見ることがあってもいい。

でも、夢を“帰る場所”にできる香を、私は作りたい」


リンがその隣で笑った。


香が、未来の香りを連れてきていた。

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