第3章:鈴香の影編ー第4話:記録香第八式
観香庁の地下室――香技封印保管庫。
静華は、玲華が残した“記録香第八式”の写本を机に広げていた。
「第八式は……“単一記録式”。ただの記憶保存じゃない。記録対象を“外部の意志”で起動させる……?」
ユウが首を傾げた。
「つまり……香で記憶を“再生する”ってことですか?」
「それも、他人の中で――」
静華の手が止まる。
その記述にはこうあった。
《記録香第八式は、香気に封じた記憶を、感応者の脳内で一時的に“再現”する技術である。
本香を吸収した者は、一定時間、記録された人物の“感情・記憶”を追体験する》
(つまりこれは、“他人の人生をなぞる香”……)
そして今、リュウが使っている香は――この技術を“悪用”したもの。
記憶を売るため、体験を刷り込むための、強制再生香だった。
静華は少女が持っていた香壺を再び確認した。
壺の底には、母の手による“封印刻”が確かに残っていた。
(母さんはこの香を、封印してまで誰にも使わせなかった。
でも、リュウはそれを解いて、街にばらまいた……)
ユウが声を落とす。
「……リュウは、“玲華式”を解いて使えるってことですか?
観香官でも不可能な技術を……」
静華はゆっくりと頷いた。
「リュウは“元・記録官”。
きっと母さんの弟子か、同じ塔にいた研究者。
だから、玲華式の香式に精通していたんだと思う」
「でもどうして今……?」
「記憶を“武器”に変えようとしてるのかもしれない」
ふと、机の隅に積まれていた母の遺稿の中から、メモが一枚滑り落ちた。
《第八式は、使用対象を慎重に選ぶべし。
香に耐えうる精神と、記憶を揺るがされぬ意志がなければ、
感情の同化により、“記憶崩壊”を引き起こす危険がある》
(……あの少女が無言だったのは、香に感情を飲まれかけていたからだ)
静華は立ち上がる。
「ユウ、記録香第八式を再構築する。
“正しい使い方”で、少女の記憶を呼び戻せる可能性がある」
「でも、それって……危険じゃ……」
「香は危険じゃない。
“香をどう使うか”が問題なの。
母さんはそれを私に残した……今度は私が、それを人のために使う」
観香庁の外では、白蓮が静かに風に揺れていた。
その香は、記憶の断片を呼び覚まし、真実へと少女たちを導く光となる。




