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第3章:鈴香の影編ー第2話:記憶を買う者たち

《白霧庵》の少女が目覚めて最初に見たのは――自分の“知らない世界”だった。


母も父も、兄弟も。誰も名前を思い出せず、自分の名前すら口にできなかった。


静華は少女の様子を確認したあと、香の分析を進めていた。

香包の中には、鈴香と酷似した香材の断片が収められている。


「やっぱり、香基の構成が母の記録香と反転してる。記録するんじゃなく、“消す”ことに特化してる……」


ユウが隣で眉をひそめた。


「つまり、“偽の記憶を刷り込む”準備の香ってことですか?」


「可能性は高い。……ただ、まだ“上書き”はされてない。記憶を“消す段階”で止まってる」


「でも、それなら……“上書き”するのは、別の香ってことですよね?」


静華は頷く。


「ええ。そして、もう一人、“香を使って記憶を売ってる者”がいる」


数日後、香都街の裏市にて――。


静華とユウは、香童仲間からの密告により、ある“夜市の屋台”を訪れていた。


表向きは香油屋。

だが、奥の間には、“記憶を交換する香”が秘密裏に売られていた。


「この香を焚いて眠るとね……自分じゃない“誰か”の人生が、夢みたいに流れ込んでくるんだよ」


そう語ったのは、香師を名乗る男――りょう

痩せた体に不釣り合いなほど豪奢な香壺を並べていた。


「で? 観香官のお嬢さんが、こんなとこに来て何のご用かね?」


静華は一壺を指差した。


「これは……“鈴香”の変型ですね。“玲華式”の記録香を逆転させてる」


蓼の目が細くなる。


「ほぉ、詳しいじゃないか。ああ、あれはリュウさんが持ち込んだ“レシピ”さ。

あの人の香は……ただの記録じゃない。“記憶を生き返らせる香”だ」


「それは、他人の記憶を“盗んで売る”ってことです」


「盗む? いやいや、みんな喜んで手放すんだよ。

嫌な記憶、消したい過去、それを香で切り取って、代わりに“誰かの幸福”を香で与える」


蓼は笑う。


「“幸せな記憶”は、高く売れる。貧しい者には“忘れたくなる人生”がある。

金持ちには“望んだ過去”がある。いい取引だろ?」


静華は沈黙したまま、香壺に目をやる。


(記憶を商品にする……それは、香を“人の核”から引き剥がす行為)


「リュウは、今どこにいるの?」


「さぁね。けど、最近“白蓮の香”を求める客が増えた。

それが“起点”になることは、あの人しか知らない」


その瞬間、ユウがふと香壺のひとつを手に取った。


「これ……見覚えある。塔の奥で見た、玲華さんの記録香と似てる」


静華が目を見開いた。


(まさか……母の記録香まで“売られてる”?)


蓼は肩をすくめて笑った。


「市場に出た香は、誰のものでもない。そこに“価値”がある限りね」


静華は静かに香壺を閉じ、こう告げた。


「香は、記憶の器です。

でも、それを売ることは――“誰かの生きた証”を切り売りするのと同じ」


蓼は苦笑した。


「正義かい? それとも、“香の娘”の情けか?」


「……どちらでもない。私はただ、“香で繋ぐ”道を選びたいだけです」


その言葉に、蓼はわずかに黙った。


そして、香市の喧騒の奥、誰にも気づかれぬまま――

銀の鈴を鳴らす“影”が、ひとつの香壺を手に取っていた。


それは、“玲華の記録香”だった。

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