5 柳原土手
幽園会がお開きになると、鶴屋南北は真っ先に暇乞いを述べて席を立った。
三つ紅葉を紺地に染め抜いた、長崎屋の重い長暖簾を片手でかきわけ、通りに出る。
暮れ方の喧騒が一度に押し寄せた。
枯れた墨字でズボウ糖と書かれた立て看板があり、見上げると、うっすらと明るんできた空が見える。
南北は盛大にくしゃみをし、大眉の目をしばたたくと、神田川の方に足を向けた。
―戸板の男女の着物は古着屋へ持ち込まれたに違いない。それが見つかれば、なにか糸口がつかめやしまいか?
行き倒れや水死人など身元不明の遺体は近在の寺が対応する。通常、その寺の隠亡が湯灌場で遺体を清めるが、その折に男女とも身ぐるみ剥いで、めぼしい物は売り払ってしまう。これには寺側も目をつむり、隠亡たちのいい小遣い稼ぎになっていて、それ専門の湯潅場買いと呼ばれる古着商がいるほどである。この手の情報は生世話物で鳴らしている南北にとって守備範囲だった。
近頃、何を聞いてもそれが芝居の台本に使えないか無意識に考えている。
―人魂が見えなかったのは残念だったが、戸板の男女の話は歌舞伎狂言に使えるのではないか?
遺骸があがったのが昨日の早朝。
この暑さだ。遺体は手っ取り早く寺へ引き渡され、着物ははぎ取って水にくぐらせ、今頃は古着屋の店先で乾かされていてもおかしくない。死人の着ていた着物とは知らず、買い求める客はいそうである。
本通りのあちこちに荒縄で巻かれた荷が積み重ねられ、茶店や花売りの屋台が道をふさいでいる。客の呼び込みはどこも通行人の袖を引く勢いである。
還暦を境に多少足腰は衰えたといっても、南北の健脚は自他共に認めるところで、御府内ならどこへ行くにも不自由はない。雑踏の中を縫い、南北は足早に行った。
―まだまだだ。
人生五十年といわれる寿命はとうに超えている。
なにしろ、二枚目三枚目格が長かった。立作者となって、「天竺徳兵衛韓噺」ではじめて当たりを取ったとき、南北はすでに五十路に近かった。
見物が不入りの夏場は、花形役者たちが地方へ遊山にでかけてしまうので、残った中どころの役者を手配して安い夏狂言を出す。暑い中、見物のほうもだれているから飽かさない工夫が要った。売れっ子の立作者たちは嫌がったが、南北はこの「天徳」で、異国情緒を奇想天外な趣向で見せ、見物の目を見はらせたのである。
天竺徳兵衛というのは元禄の頃、天竺に流れ着いた実在の船乗りである。帰国してからその異国情緒たっぷりの土産話が歌舞伎のいい題材となっていた。それを南北は、水中の早替わりや大蝦蟇のはりぼてで見せ、見物を沸かせた。果ては長崎伝来の木琴を打ち鳴らして唄うのも評判になった。
いったいこの頃には人々の西洋への関心が爆発的に高まっていた。開国まで五十年足らず。大衆はわずかに南北芝居と見世物小屋に西洋を垣間見ていたのである。
こうして、鶴屋南北の出世作が生まれ、夏興行は南北の独壇場となった。
しかし、この成功は、南北に批判的だった三升屋二三治ら一部の批評家に新たな疑惑を植え付けた。「天徳」のような新しいものを、無学でボケのきた南北に書けるはずがないと言うのである。
しかも、
―今年はいけない。
乾いた雑巾を絞るようにしてわずかに一枚、二枚。趣向を凝らして書き散らし、世界の設定に呻吟しているうちに、とうとう盆興行の時期も失してしまった。
―蝉じゃああるまいし
地面からやっと這い出してきたところで力尽きてたまるかと南北は思う。
今川橋を渡ったあたりから、通りの真ん中に犬の糞が転がり、一面ぬかるんだりでまっすぐ歩けなくなった。横丁からは腐敗臭が漂ってくる。南北は鋭敏な鼻を袖口で覆って、ほとんど小走りに行った。
通りは下るにしたがい、ますます猥雑になった。物売りや呼び込みは喧騒を極めている。
とくにうるさいのは、門付芸人の類である。そこここで阿呆陀羅経を大声で読み上げている半裸の坊主頭は、願人坊主と呼ばれる最下層の聖だ。
店先で尺八を吹く虚無僧もいれば、頼まれもしないのに「掃除しよ」と箒を使っているのは、不浄を清める「清目」の類か?
報謝を受けるまで止めない。このあたりは商家が多いから、験をかついで、無碍にはできない。
下働きの女中が前掛けで手をぬぐいながら勝手口から出てきて、朝のうちに半紙に包んで用意しておいた小銭を、時をはからってそそくさと与える。
先の大飢饉からこっち、食うために江戸へ流れてきた者は少なくない。家族のために売られて来た者もいれば、家族を捨て、江戸でなんとか一旗上げようと覚悟してきた若者も多い。主家がお取り潰しになって、浪人も増えるいっぽうだ。
角付け芸人に見世物小屋、乞食芝居に辻強盗。胡散臭い連中があふれかえり、確かに江戸の治安は悪化していた。
ぬかるんだ足元から、むっと熱気が上がってくる。高下駄の歯の間に泥が溜まり、だんだんと足が重くなった。南北は時々歩を止め、泥の塊をはたき落としてはまた進んだ
南北がろくに字も書けなかったことは、二三治が何度も指摘しているところである。「〽その旗渡セ」というところを「其畑わたせ」と書いたり、「大金持ち」を「大鐘持ち」とか、「まづ今日はこれ切り」を「待ツ今日はこれ切り」など、台本の間違いを上げたらきりがない。
二三治自身は札差の出でそれなりに学もあったから、南北作品の、歌舞伎道を茶化すような下世話な内容には不満を抱かずにはおれない。二三治にとって歌舞伎狂言といえば、和事荒事俏し事といった昔からの芸脈を、勇壮な仇討とか華麗な心中といった舞台に生かし、見物を魅了させる芸道にほかならない。それを無視してはばからぬケレン味たっぷりの南北歌舞伎は、二三治にすればあきれ果てるほど傍若無人な見世物小屋もどきとしか映らないのである。
とうに五十路を過ぎている南北はすでに隠居格である。けれど、そんなことはおかまいなしに自分の意見を通さずにはおかないし、格下の二三治の意見など相手にもしないふうがあった。
女房のお吉こそ道外方の名家の一人娘だが、南北のほうは、元をただせば氏も素性も梨園とはかけ離れた、紺屋の型付け職人である。「紺屋の源さん」と呼ばれていた男が梨園の女房を得て歌舞伎狂言の大作者になった。それが批評家たちには面白くなかった。
錦町から須田町を通り、神田堀の南岸、柳が見えるところまで来ると陽も落ち、ようやくひんやりと川風が吹きはじめた。柳原土手である。
南北は着物の襟もとをゆるめ、やせた胸元に川風をおくり、ほっと息をついてあたりを見回した。
川風の吹く土手の上を、夕刻のわずかばかりの涼をもとめて浴衣姿の老若男女が三々五々くり出している。
「冷ゃっこーい」と声を上げている冷水売りから砂糖の入った甘い水を買う。暑い中一日中売り歩いた水だからもう生ぬるくなっている。湯呑を立ったまま飲み干すと、南北は日焼けた首筋を手ぬぐいでごしごしと拭いた。
土手下が柳並木になっていて、夕暮れのほの暗い中、同じような簡単なつくりの床見世がずっと向こうまで並んでいるのが見える。間口九尺奥行き三尺ほどの中に竹馬を立て、両袖をやっこのようにひろげて竹竿をとおした色とりどりの着物が、ずらりとならんで風にゆれている。防虫の丁子とかすかな黴の臭いを振りまきながら、時折川風で着物の裾がはたはたと鳴った。
当時、町人はよほどのことがなければ着物をあつらえることはなかったから、古着屋はどこも繁盛していた。南北はとりあえず端の店から順番に、縮緬の菊小紋と見えるものを探した。
土手に沿って行くと、暮れなずむ中、あやしげな読売りも出没している。素性がわからぬように編み笠を深々とかぶった男が、刷り上がったばかりの読売りを片手に束ね、竹の棒でぱんぱん叩きながら声高に口上を述べていた。
「さあ、たいへんだ、たいへんだ。十万坪に男女の死骸があがったよ。なんと、杉戸の裏表にくくりつけられていたってぇから怖いじゃねぇか。不義密通か、仇討か。女の顔は見るも無残、男は首なしだ。こんな事件は開闢以来聞いたこともねぇ」
ここで連れの男が三味線をかき鳴らす。見張り役を兼ねているのであろう。やはり編み笠で顔を隠し、その陰からしきりとあたりに目を配っている。通行人が少しずつ集まりはじめた。
「火事とけんかと怪談は江戸の華。今日日驚きの本物の怪談だ。みんなここに書いてある。たった二十と五文。二十五文たぁ安いじゃねえか。さあ買った買った、早い者勝ちだよ」
役人の姿を見つけたらすぐ逃げ出せるよう、川の近くで売るのである。川は行政の区切りに使われることが多かったので、自然、胡散臭い連中が集まった。
南北は人ごみに押されるように瓦版を買い求めた。
―瓦版にこうして載るくらいだ。怪談好きの江戸っ子もこの事件には肝を冷やすだろう。歌舞伎狂言も負けてはいられない。
川風にのってお囃子の太鼓が聞こえる。遠く明滅する明かりは両国広小路の見世物小屋であろう。
もう古着屋はどこも店をしまいかけていた。
菊小紋を見つけたのは、しまいかけていた店にここが最後と飛び込んだときだった。
「今日入荷したばかりだよ、目が高いねえ」
いかにも客慣れした親父が、高い物干しから着物を取り込み、大事そうに広げて見せた。
水につかっていたはずだが、もうすっかり乾いて黄色い菊も鮮やかだ。
―これに間違いあるまい。
古着屋の言い値で買って風呂敷に包みこんだ。
土手下は陽の陰るのが早い。夕闇にまぎれて瓦版屋の姿も夕涼みの通行人もいつの間にか消えている。
暮れ六ツの鐘が鳴ると、てんでに茣蓙を抱えた夜鷹が客を引きはじめる。
首や手足がほの白く浮かびあがるばかりで、近づいて来ないと面相の見分けがつかない。
「ねえ、旦那、ちょっと寄っておゆきよ」
すぐそばで声をかけられてぎょっとする。てぬぐいの端をくわえ、顔を半分かくしているが、ひどいできものや、ほとんど髪の抜けた額際が見えた。白粉で皺を塗りつぶし、白髪に黒油をてからせている。
遠目に悪病で鼻が欠けたり、首一面の赤い発疹を隠している女も見える。淫をひさぐ女たちはこちらの反応などどこ吹く風で、鼻にかかったような声で客に媚を売っている。
「なんだ、お愛想なしかい。うちに可愛い女房でも待ってんのかい?」
嬌声を背に聞き流しながら、南北は息苦しさを感じ、薄い胸にてぬぐいでばたばたと風を入れた。
―そういえば、戸板の女も顔がひどく傷んでいたと言っていたが……
と、その拍子につんのめって、誰かと鉢合わせしそうになった。
暗い地面にぱっと飛び散る白粉と丸い毛玉。
「おっと!」
落ちたものに同時に手を伸ばし、
「おや、ケサランパサラン!?」
「おお、丸大さんか」
丸に大の字は鶴屋の家紋であり、呼称である。
かがみこんだ南北は二三治と目を見合わせた。
二三治と別れてから、永代橋のたもとで南北は帰りの辻駕籠をひろった。
陽はとっぷりと暮れている。
駕籠は揺れがひどいから、吊り手を汗ばんだ手でしっかり握りしめている。それでも南北の枯れた体は前後左右に揺れた。
戸板の男女の事件はやはり二三治の興味も引いたと見える。
―自分と同じ考えでわざわざここまで来たのだな。蛇の道は蛇。なら、なおのこと、せっかく見つけたお宝を渡してなるものか。
空いた片手で風呂敷包みを開くと、菊小紋の襟もとがほつれているのに気がついた。その糸を引くと、ツツッとほどけて、芯にしていたらしい和紙が見えた。けば立った和紙の間に赤い小さな紙がはさんである。
広げてみると、
―これは薬畳紙?
薬が包んであった薬畳紙を、まるで霊験あらたかなお守りのように着物や寝間着の襟の芯に縫い込むというのは聞いたことがある。
鼻を寄せてみるが、かすかに丁子の匂いがするばかりだ。
―この着物があの戸板の女のものなら、何か病で床についていたのかもしれない。しかし、赤い薬畳紙というのは珍しい……劇薬か?
大川から吹きつける風が水草の臭いを含んで生臭い。納涼船が遅くまで出ているらしく、水のはねる音や人声が遠く近く水面を渡ってくる。
向かいは両国。橋を渡りきれば藪蚊のひそむ闇が広がる。
南北は狭い駕籠の中でじっと暗闇を見つめた。
―これは髷屋友九郎に相談するしかあるまい。
南北を乗せた辻駕籠は、両側にたれ下げた畳表を蝙蝠のように風でふくらませ、暗い大川を渡った。