最終話「このラノベがすごくない」
文化祭の喧騒――
終わってしまえば、あっという間だ。
昼の賑わいが嘘のように、夕暮れの教室は静かになった。
「……ふう」
長谷川ソウタは、担当部屋を片付けていた。
文化祭で小説を配るという会長企画。大人気というほどでは無かったけど、準備していた物は全て捌けた。
「ソウくん」
窓際に座っていた朝倉ユイが声をかけてくる。
手には見本用の冊子。当日ギリギリで仕上げたから、みんな読む暇が無かった。
「面白かったよ……読んだ中でいちばん好き」
「そりゃどうも。身内補正込みで?」
「違うよ、逆に厳し目評価で」
ユイは少し怒ったように言った後、照れ隠しで立ち上がった。近づいてきて俺の前に冊子を置いた。かすかに髪が揺れシャンプーの匂いがする。
「そっか……ユイが言うなら傑作かもな」
「ねぇ」
「ん?」
「あんたの小説、読んでてムカついたの」
「ムカつくって?」
「ヒロインが、なんか私っぽかったから」
「それは……」
ソウタは曖昧に笑う。
「読者の解釈に任せるよ」
「ずるっ!」
ユイがぷくっと頬を膨らませる。
「ほんっと、そういうとこだけ大御所みたいだよね」
「褒めてる?」
「褒めてない」
ユイは少しだけ笑った。
「でもね、ちょっと嬉しかった。最近の書いてる物より真剣な感じがした」
ソウタは黙ったままユイの横顔を見ていた。
ユイが照れ隠しのように立ち上がる。
「今日はこのへんで退散するわ。調子に乗られるとウザいし」
「ありがとう、ユイ」
「なにそれ。じゃあね、作家センセ」
教室を出ていくユイの背中が夕暮れに溶けていく。
――
ユイがクラスに帰ると、入れ替わりでもう1人入って来た。
「おつかれ長谷川くん。冊子全部配れたって?」
現れたのは黒瀬アカネ。図書委員──という肩書きだけど、モデル活動が忙しくて幽霊委員だ。けれど、この数日はずっと手伝ってくれた。
「読ませてもらったよ。最後まで読んで泣いちゃった」
「マジで?そんな話だっけ?」
「泣いたのはね、小説の内容というより……そこに込められた気持ちに触れたからかも」
アカネは冊子のページを撫でながら笑った。からかう訳でも無い、優しい微笑みだった。
「2人目のヒロイン私でしょ? なんとなく……わかったよ」
「さっきユイにもヒロインの事言われたよ」
「やっぱりそうか……ユイさんも……」
アカネは納得という感じで驚きもせずに続けた。
「書かれた側は気づくわ。直接の描写じゃなくても、行間や話し方で……私は少し高嶺の花かもね」
「いや、それってどういう――」
言うだけ言って、アカネは恥ずかしそうに駆けて行ってしまった。
――
部屋を片付け終わり、終了報告に生徒会室へと向かう。
「やっと来たわね。小説出展ありがとう、お礼を言うは会長としてね」
藤宮ツバキ。文芸部部長で生徒会長。
「手伝ってくれたのは感謝してるけど、会長としてと言うのはちょっと違くない?」
「立場的なものよ。私はあなたの作品を信じてる」
ツバキは自分用の冊子を手に持って続ける。
「驚いたわ!あなたの出世作の『闇ギルドの受付嬢』より良かった」
「作風が違うのに、そこまで評価されるとは思わなかった」
「やっと昔のように『本気で小説を書く』やる気が出てきたのかしら?」
ツバキは軽くからかうように言った。
俺は古残のファンには勝てんと、両手を上げてお手上げのポーズをした。
「まぁいいわ。個人的には、あなたの小説に出れただけでもファン冥利に尽きる」
「出れたって?」
意味が理解出来ずに聞き返す。
「あなたって本当に主人公ムーブね……こんな情熱的な小説を書いたなら、3人のうち誰を選ぶのか決めておきなさい」
机に冊子を「バン」と置かれて睨まれる。
ツバキの迫力に、逃げるようにして廊下に出た。
「現実もちゃんと完結させなさい――ヒロインを選ぶって意味でね」
教室に戻るまでの間にもう一度冊子を見つめる。
誰かの心に自分の言葉が届くということ。それが、こんなにも不思議で暖かいものなのか。最近忘れかけていた、小説を書く喜びを再確認した。
――
エピローグ
俺は今日、母校の体育館で講演を終えた。
『青春と物語の力について』
全国民が俺の名前を知っているというレベルでは無い。
近所や出身高校の人なら知っているという程度には成功した。
講演の帰り道、小さな古本屋に入る。
学生時代はよく行っていた、本好き向けのボロい店だ。
あの頃と変わらない棚の並び。
俺は隅に手を伸ばして、ある本を手に取った。
『闇ギルドの受付嬢-堕天使ノエルの憂鬱』……自分のデビュー作だった。
ページを開くと、ふいに学生時代の懐かしさがこみあげてくる。
あの文化祭の日。
締め切りギリギリで仕上げた冊子。
誰にも気づかれないと思っていた小説たち。
けれど、あれは確かに、誰かに届いていた。
図書室にある展示用の冊子には、最後のページにペンで一言だけ書かれていた。
「あなたが物語を書いてくれてよかった」
丸っこいどこか見覚えのある文字だった。
「すごいラノベも、すごくないラノベも、思いがこもっていれば誰かの心に届く」
口元が自然と緩んだ。
俺は『闇ギルドの受付嬢』を閉じて裏返す。
値札:110円
「うん。まあ、そうなるよな」
――そのときだった。
「センセー」
懐かしい声が背中越しに聞こえた。
まるで、止まっていた時間が動き出したみたいに。
俺はゆっくりと振り返った。
でも名前を口に出す必要はない。
ラノベ読者なら誰だか分かるだろ?
そして、彼女のもとへ歩き出した。
──完
他の作品書くために、これから更新が止まるため完結させました。
これで連載中作品は全て完結したはず……
定番ラノベを書くのは難しく、全然筆が進みませんでした。
自分には無理というのを実感。




