ヒロイン
昼休みの図書室は静かだった。
本をめくる紙の擦れる音しか聞こえない。放課後より来る生徒は少ない。
──こういう場所、好き。
いつも誰かに見られてる廊下や教室より、ずっと落ち着く。
私は、ある本を手にしていた。
『闇ギルドの受付嬢~』
そう、私は黒瀬アカネ
昔、ネットでたまたま目にした感想ツイートがきっかけだった。
「くっそ中二」「でも熱い」
そんな微妙な褒め方が気になって、ネットで古本を買った。100円の本なのに送料200円。理不尽な感じに一瞬購入をためらったがポチった。
最初は冷やかし半分で読み始めたが、読み進めるうちに──なんかクセになってきて。
セリフは痛いし設定盛りすぎ。でも、どうしようもないくらい本気がある。
私と同い年が書いたとは思えない……そういうの、ちょっとズルいと思った。
──で、問題は。
「あれ、長谷川くん?」
まさか、本物が来るなんてね。
――
「どうも」
「ここ、よく来るの?」
「たまに」
「へぇ、意外」
クラスでは喋らないし、地味だし、目立たない。でも、なんとなく気になってた。
だって……名前同じなんだもん。作者と。
まさかと思った。しかし確信した。目の動き、反応、そして──焦り。
あんたが【長谷川ソウタ】
それを言うと逃げそうだったから、今日は黙っておいてあげる。私は「ファン」だから。いまはまだ、あんたの【逃げ道】を塞ぐタイミングじゃない。
「ちなみにさ、今って何書いてる?」
これは踏み込みすぎたかもしれない。でも聞きたかった。私の好きな【続き】を、あんたが書いてるのか知りたくて。
予想通り、焦っていた。何か恥ずかしいの書いてるんだろうな。中二なのかそれとも高二?。
「まあいいや!何かあったらよろしく」
そう言って立ち上がる。このくらいがちょうどいい。
いまは、まだ……
図書室を出る
まだ、書いてるんだ……。
あんたのことちゃんと見てるよ。授業中にノートの隅に何か書いてたりとか、急に何か思いついてハッとしてたりとか。全部ちゃんと気づいてる。
だから――
「早く続きを書いて。あんたの物語まだ終わってないでしょ?」
――生徒会室
今日も書類の山。
学園祭が近づくほど校内はざわつく。好き勝手提出された書類を処理するのは私だ。
でも、今の私はちょっとだけ集中できない。書類の隅に、ある名前を見つけてしまった。
長谷川ソウタ
忘れもしない。中学3年の冬。私が自作の詩をネットに投稿していた頃。彼の小説に偶然出会ってしまった。
そう、私は藤宮ツバキ
「中二すぎ」
「でも熱い」
──気づけば全部読んでいた。
年下なのに現実を歪んで見るのでは無く、正統派の中二ファンタジーだった。私はHNで感想を送った。
「あなたの言葉は痛い。でも、まっすぐだ」と。
彼から返信が来て「まっすぐ書くのが一番かっこいい」と言った。
あの一言で私は救われた。
現実に悲観する事なく、誰かのせいにする事なく、自分の道は自分で切り開く。少し中二病だった私が心を入れ替えたら、高校では気がつけば生徒会長になっていた。
でも、その本人がまさか地味男子で──
しかも、私がこの文化祭の運営委員に【名前が同じだから】で選んだ相手だったなんて。
……神様こういう巡り合わせ、好きすぎでは?
――
「この書類、確認してくれる?」
「え、俺が?」
「あなたの担当よ。責任取る気ある?」
「うわっ会長怖っ」
私はなるべく他人行儀で接するようにしている。だって、あの頃のHNを名乗る勇気なんてない。
「文化祭に投稿するタイトル『なぜか全員に告白される俺が悪いんですか?』 って本気で言ってるの?」
「めっちゃ本気。発表した瞬間バズる予定だから」
「……ラノベって、ほんと自由ね」
彼を見てると少しだけ思い出す。
あの頃、私が言えなかった言葉たち。
あのとき、震えながら書いた感想のことを。
「文化祭楽しみにしてるわ。あなたが【何を書くか】チェックしないとね」
それが、今の私にできる誠実な言葉だった。個人的な感情じゃない、生徒会長としての責務。
……なのに
「会長、今のって応援ってこと?」
そういうときだけ鋭いのね長谷川くん。
私はあえて何も返さず、書類をトントンと机で揃えた。鼓動が少しだけ早いのを意識しながら。彼は私が怒っていると勘違いし、逃げるように出て行った。
彼は気づいていない。
私があの頃の感想主だったことも、今でも新作に【いいね】していることも。
でもそれでいい。
だってラノベってそういうものでしょ?
伏線は読者だけが知っていればいい。