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1-4 妃

 同じ後宮内で、己花を迎え入れた土夏が、己花の首筋に顔をうずめる。己花の香のかおりが鼻を掠める。花のような甘い香りだった。


「ああ、ああ。オマエが来てくれたお陰で、俺の目的に一歩近づいた」

「目的?」


 己花は土夏の頭を撫でつける。絹のような赤茶色い髪と、目の色は黒かった。土国の王族ならば、どちらも赤いはずであるが、双子で生まれた故に、半分しか赤色を有さない。それは灰夏も同じだった。


「己花。俺は東宮であって東宮じゃない。何故だかわかるか?」

「双子だから?」

「そうだ。俺は双子の兄貴を殺さなければ、本来の権力が使えない。むろん、兄が妃を持とうものなら、俺はそれを阻まねばならない」


 妃を持てば、皇帝も皇位を兄に譲るべく動き出すだろう。この国では、長子が跡を継ぐのが当たり前だった。しかし、兄東宮には、加護がない。対して、土夏には、土の加護がある。己花と同じく、豊かな土や肥やしを作り出せるのだ。


「そうなんだ。わかった。私が傍にいるんだもの、土夏は大丈夫だよ」


 ニコニコと上機嫌に己花が土夏の頭を撫で梳く。土夏の目的を聞いても、己花は一切動じなかった。それは、己花も常から思っていたことだからだ。兄東宮は無能だと聞くし、ならば弟である土夏が国を統めるべきだ。弱いものは好きじゃない。弱味は誰にも見せるべきではない。己花はそう思って生きてきた。それは、姉の水蓮を見てきたからこそ、思ったことである。


「土夏、私、土夏が大好きになっちゃったよ」

「俺もだ。俺も己花が好きだ。なによりも大事にする」


 灰夏と土夏。二人の東宮が皇帝の座を巡って動き出す。まだ、お互いに伴侶を決めたことは、知らせていなかった。

 

 水蓮と約束を交わしたその足で、土国の東宮として灰夏が五行の皇帝たちのお茶会の場に足を踏み入れた。お茶会に招かれた王族ちは、絹の風呂敷に己花の加護の土を包み込んで、金や銀を扱うように大事に抱え込んでいた。


「なんだ、灰夏。その隣のは?」


 先に茶会にいた、双子の弟の土夏が辛辣に言った。隣のは、とは、水蓮のことである。お茶会に相応しくない質素な恰好であるうえに、襦裙は薄汚れて、髪の毛も結い上げていない。


「土夏、オマエの隣にいるのは……」

「俺の正式な妃に決まった、己花だ」


 それはわかっている。今日のお茶会は、正式に土夏の妃を決めるために開かれたからだ。灰夏が聞きたかったのは、その妃が水蓮を睨みつけていることだった。

 見れば、灰夏の隣にいる水蓮は硬直し、息を荒く今にも倒れそうだった。腹の奥が氷のように冷たく、水蓮は冷えた体を温めるために体をぶるりと震わせた。

 灰夏は水蓮の肩を抱く。小さい。


「大丈夫か?」

「っ、はい」

「水蓮、お兄さんと知り合いなの?」


 嘲りを含めた笑いを漏らし、己花が土夏の腕に手を絡ませた。無能の兄と加護持ちの土夏。そして、加護を持つ己花と、なんの取り柄もない水蓮。

 絹の襦裙姿の己花と、官服の土夏。ふたりとも、茶会の上座に座って、お似合いだと水蓮は思った。

 灰夏は水蓮の肩を抱いたまま、


「今日より、水蓮を俺の妃とする」

「えっ!? 東宮さま!?」


 協力しろとは言われたが、妃とは聞いていない。驚く水蓮の肩を抱き、灰夏は高らかに宣言した。傍ら、土夏と己花は面白くなさそうに顔を歪める。灰夏の様子からして察していたとはいえ、土夏も己花も面白くない。


「なんの取り柄もない水蓮に、なにができるの?」


 己花は土夏に絡みついたま、笑った。己花は見目麗しく、加護だって完璧だった。この場に招待された王族たちも、己花の加護の土を褒め称えている。

 対して、水蓮の加護は水だ。誰にも知られてはならない、癸の水。そして。


「静かに」


 凛とした声に、場が静まる。土国の皇帝だった。土の皇帝が、灰夏と土夏を交互に見ていた。まるで、どちらも大切だと言わんばかりの、あたたかな、瞳。


「どちらを後継にするかは、その能力を見て決める」

「能力?」


 土夏が毒づく。


「ああ。世界は今、不安定だ。どちらがふさわしいかは、わたしがじきじきに見極める」

「なんだ、そんなことか」


 笑う土夏に対し、灰夏はどこか物憂げだ。なにひとつ取っても、土夏は灰夏を上回る。


「ははは! 土の国に生まれたのに、土を作り出す加護がない兄貴には不利な条件だよなぁ!」


 宴席の誰もが知っていることだった。灰夏は土を生み出せない。土の王族なら、例外なくあるはずの土の加護が、灰夏にはないのだ。

 む、と水蓮が口を結んだ。そんな風に言われる筋合いはない。なぜだかそんな、怒りわいた。水蓮は、灰夏の手を自分の胸に持ってくる。すると、先ほどと同じように水蓮の胸に火花が散った。


「水蓮!?」

「東宮さま、これを、抜いてください」


 気が進まないのか、灰夏が躊躇した。しかし、水蓮も引かない。最終的に、灰夏が折れて、その胸から火の剣を抜き出した。その場にいる誰もが、ざわめいた。


「あれは、なんだ?」

「いや、噂には聞いたことがある。干合の加護持ちの片割れ」


 つまり、相性のよい加護持ち同士に、なんらかの条件が重なると、この剣が顕現されるのだ。干合、つまり、甲と己、乙と庚、丙と辛、丁と壬、戊と癸。水蓮と灰夏は、戊と癸だ。

 灰夏がその剣に加護を念じる。ぼぼぼ、と炎が顕現され、この剣が火の加護であることに、この場の誰もが閉口した。火は五行の中でも一番の力を持つからだった。


「なんだ、なんなんだ、この、灰夏のくせに!」


 土夏が悔しそうに歯噛みする。そして、隣にいる己花もまた、あっけにとられてなにも言えない。灰夏が加護の剣を手放すと、それは水蓮の中に火花となった戻っていった。


「はっ、だとして。そんな剣があっても、灰夏にはなにもできないだろ」


 それはそうなのだ。土の国で、火の加護を持っていても、なにもならない。火の国では歓迎されるだろうが、土の国でもっとも尊ばれるのは、土だ。

 灰夏は慣れているのか、なにも言わずに水蓮の手を取りお茶会の宴席をあとにする。


「は、東宮さま……」

「大丈夫だ。オマエを巻き込むつもりは無い」


 違う。違うのだ。水蓮は灰夏の手を取った。あたたかいてのひら。優しい瞳。肩入れなんてしてはならない。ましてや、妃になるなんて認めていない。なのに、水蓮はこの東宮が自分事のように思えてしまう。


「皇帝陛下は、能力を見て、とおっしゃいました。土を生み出すもの、とは言っていません」

「……! ああ、オマエは心まで美しい」


 灰夏は水蓮を抱きしめた。あたたかな水蓮の鼓動が聞こえる。守らねば、水蓮だけは。灰夏は、今一度しっかり水蓮を抱きしめた。壊さないように、そっと。

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