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3-10 五行国

「土夏。話したいことがある」

「俺はないね」

「母上のことだ」


 婚姻の儀を控えた秋の日、灰夏は改まった様子で土夏を訪ねた。土夏は聞く耳を持たなかったが、母の件と聞いて目の色を変えた。すべての原因、母は十年前に死したから、もう犯人探しはできないけれど。


「俺の妻――水蓮が言うには、夏であっても、氷室に遺体を置いておけば、腐敗を送らせることができるらしい。つまり、死後三日という検死が覆る」

「それ、じゃあ」

「ああ。秘密裏に調べたが、氷室を持っていたのは、宰相の加架だよ。だが、もう十年前の話になるゆえに、その罪には問えない」

「なん、だよ、そんなぬか喜びを!」


 がん、と土夏が机を叩いた。そもそも、加架は皇帝へのビワの茶葉の件で取り調べの最中に、食あたりで亡くなった。


「死した加架どのの口と食道がただれていた。火傷だ」

「それがどうした? 死因は食あたりだろう?」


 火之は、加架が死ぬ七日前に、共に羊の肉を食べていたという。


「ああ……加架どのの次に狙われるのは、ソナタの妃だ」


 火之は生け簀が気に入りだと言っていた。火国に帰ると、その生け簀の魚に特別のえさをやることが唯一の楽しみだったそうだ。そして、その魚に与えていた餌が、


「生け簀には、あんずの灰を餌としてやっているはずだ。それらは、微量でも魚が食べ続ければ体に蓄積され毒となる。そしてもう一つ、加架どのの件は、羊肉の消化不良で、胃に脂が詰まったのだ」


 いまいち話が見えてこず、土夏は首を傾けた。しかし、あんずはそういえば、己花の過剰免疫反応の原因にもなる植物だった。そこでようやく、土夏にも話が見えてくる。


「しかし、羊の油脂が、胃で固まるなんてことがあるのか?」

「水蓮によれば。羊肉の脂の融点は低く、人の体温でも溶けないことがある。そして、夏場に食べたことから、氷入りの飲みものとともに出されても不自然ではない。さらには、膵臓が弱り脂が消化されなかった。火国の皇帝は、死したのちの加架の胃の中の脂を溶かすために、死後に熱湯を口から流し入れた。ゆえに検死でも、脂の詰まりは見つからなかった」


 土夏が言葉を失っている。火国の皇帝は人当たりがいいから、土夏が灰夏を信じるかは賭けだった。


「今回の婚姻の儀の料理を取り仕切るのは、火国だ。当然、火国から様々な食物を持ってくるだろう。その中に、先ほどの干した魚を紛れ込ませれば、己花妃だけを殺すことが、可能となる」


 それを知っている加架は、口封じに殺された。むろん、直接の原因は、ビワの茶の毒殺がばれた件だ。なんて醜悪なことだろうか。しかし、灰夏は冷静に、


「ただ、今度の婚姻の儀。あそこでおそらく、俺か――いや、オマエの妃、己花が狙われるだろう」

「は? だから、なんで己花なんだよ」

「過剰免疫反応だよ。あれを利用して、己花妃を殺し、後妻として火国の皇帝の息のかかった木国の甲の王族をめとらせるだろうな」


 事後承諾にはなってしまうが、きっと協力してくれると、灰夏は思っている。今の二人には、共通の目的がある。母親の無念の死の真相の究明だ。


「次の皇帝はオマエだと、己花妃の加護の剣が土だからだと、嘘をついた。ゆえに、焦ってことを起こすだらろうな」

「己花を巻き込むな! あれは俺の妃だぞ!」


 怒られることは承知の上だ。それでも灰夏は引かなかった。土夏の取り乱す姿を、灰夏は初めて見たかもしれない。それくらい、灰夏は己花を大事に思っているのだろう。

 最初は加護持ち同士だけの関係だったのかもしれないが、今はもう、そんなことは関係なく、お互いに惹かれあっているのだろう。うらやましいとさえ思った。


「そもそも、火の皇帝陛下は、なぜそのようなことを」

「土国を手中におさめるため、だ」


 ぎり、と土夏が奥歯をかみしめた。こんな兄の言葉でも、まだ信じる気持ちはあるらしい。そして、自国への愛も。


「なら、どうしたらいい?」

「一度、己花妃には過剰免疫反応になってもらう必要がある」

「は? 正気か!?」


 しかし、灰夏も引かない。苦しい顔で、しかしはっきりと通る声で、土夏に告げた。


「水蓮の、加護の水を携帯させる」

「だが、加護の水と言ったって、特定の毒がわからなければ、解毒は――」

「だから、この毒は、過剰免疫反応を持つ己花妃にしか効かない」


 はっと息を吐いて、土夏が考え込む。その時、扉の外から己花の声が聞こえた。


「やりますわ。私」

「己花!?」


 すべてを聞いていた己花が、その提案に乗ると言い出す。しかし、まだ土夏には信じられない。そうやってだまして、己花を過剰免疫反応でそのまま殺して、土夏を東宮の座から引きずり下ろすつもりなのかも。


 結果的に、己花の命は助かり、火国の皇帝をはじめ、火之と密通していた加架の罪も暴かれたのだった。火之が白状したのである。火之は、洗いざらいすべてを話して、自分だけは助かりたかったようだが、そうはいくまい。つらい役割だが、この国の土の皇帝が、処刑まで見守ることになるだろう。火之は、この世界を統べるために、再びあやかしを復活させようと目論んでいた。己花を殺し、木国の王族を土夏の後妻に据えることで、土の加護の剣も手中に収めるはずだった。火之は火国の皇帝だけでは足りなかった。五行のすべての国を手に入れんと画策したのだ。それは、悪しきものがすれば国民は苦しみ、しかし、善きものが行えば、暮らしはさらに豊かになる。五行の国々が均衡を保てていたのは、やはり五つの国と加護が存在したからなのだ。

 そして、五行の加護の剣のすべてが顕現されたとき、封じたあやかしも再び顕現する。灰夏も水蓮も、一生涯それを念頭に置かねばならない。加護の剣を悪用されぬよう、ふたりの加護の剣を守り続けるのが使命だ。


「して、灰夏」

「はい、皇帝陛下」

「わたしは、どちらを次期皇帝にするか能力を見て決めると言った。土夏も覚えているな?」


 事件が解決して、水蓮は身の回りの整理を始めていた。ここを去る時が来たのだ。きっと、灰夏は、自分があの日の水国の公主ひめだから救っただけなのだ。あの愛情は、偽り。

 最後に、皇帝陛下直々に呼ばれて、水蓮、己花、灰夏、土夏が一堂に集まった。

 恭しくこうべを垂れて、四人が四人、緊張していた。


「余は、そなたら全員を、皇帝とする」

「……は?」


 その声は、灰夏のものだった。灰夏が立ち上がり、皇帝に詰め寄る。


「なぜですか!? 私は水国の皇帝を――」

「その件は、自刃だと聞いた。オマエは逃げるのか?」

「それ、は……」


 あの件にも、火之が関わっていたことは明らかだった。己花の過剰免疫反応の仕掛けと同じ手口となれば、火之の目論見と見て間違いないだろう。そもそも、あの器を贈ったのは、火国の皇帝――当時も皇帝であった火之だ。あの器は、土国に材料を渡して作らせた、梅の木の灰の釉薬を使った、特別な器。


「水蓮。ソナタには、水国の皇帝になってほしい。いや、ソナタ以外におるまい」

「し、しかし、では、灰夏さまも、水国に?」

「いいや。灰夏には水国と火国の皇帝を兼務してもらう」

「え、火? 土ではなく?」


 皇帝の考えは壮大すぎて、この場の誰もがついていけない。確かに、あの婚姻の儀の場で、火の加護は、灰夏と水蓮がいれば滅びないとう灰夏が断言していた。つまり、水蓮にこの国を出て、灰夏とともに、国を立て直せということなのだろうか。


「土国の皇帝には、土夏、オマエだ。そして、今回の件で、陶器の灰の原料となる木を、木国の加護で作り出していたことが分かった。過剰免疫反応が強く出るように、草木の成分を強化したものを提供していた」


 ゆえに、と皇帝陛下が己花を見る。


「過去に水蓮となにがあったのかは知っている。だがあえて言おう。己花、ソナタにも、木国と土国の皇帝と妃を兼務してもらいたい」

「そんな。私が……?」


 大嫌いだった水蓮を出し抜くことだけ考えていたはずなのに、ここにきて己花は、良心が痛んだ。


「私のような度量の狭い人間に、つとまるとは思えません」

「ならば、手を取りあえ。失敗してもいい。この国には、五つの国がある。それがなぜだかわかるか?」


 四人が顔を見合わせる。


「協力して、生きるためだ。五つの国が力を合わせて陶器を作るように、この国も、五つからひとつに統合するときがくる。その先駆けが、オマエたちだ」


 は、と四人で拱手礼をして、水蓮はどうにも、この後宮を去る機会を失ったようだった。


 月の宮に戻って、水蓮がほっと息をついたのもつかの間だった。扉がばたたと開かれて、入ってきたのは灰夏である。そのままおもむろに水蓮を抱きしめて、水蓮はなにがなんだかわからない。


「断らなかったということは、まだ私の妻でいてくれるのか?」

「いえ……いや、そうなる、んでしょうけれど」

「いい、いい。オマエが俺を好いていなくとも、傍にいてくれ、後生だ」


 ぎゅうと抱きしめられて、水蓮は自分がわからなくなった。灰夏は直接水の国の皇帝である父を殺していないが、あの時助けを呼んでくれたのなら、父は助かったかもしれない。しかし、そんなもしもは存在しない。あの時の過剰免疫反応は重篤であったし、父である壬の皇帝はもう、自分が助からないことを知っていた。そして、それを知っていたからこそ、この灰夏に重い罰を背負わせた。水蓮を助けてほしいだなんて、身勝手な願いに他ならない。


「ひとつ、うかがってもよろしいですか?」

「なんだ、なんでも言え」

「私を妃に迎えたのは、罪悪感からですか?」


 ぱちり、灰夏が目をしばたいた。そして、はあとため息をつく。


「俺はそんなに器用じゃない。ソナタに一目ぼれしたのは本当だし、火の加護の剣がなくとも、俺はオマエを好きになっていた」

「そう、なんですね」


 ずきずきと胸が痛む。この痛みを、水蓮は知らない。いや、さっきまでは知らなかった。いつの間にか、水蓮も灰夏に惹かれていた。自分を大事にしてくれる、大好きな人。父皇帝の死は、灰夏のせいではなかった。灰夏のせいだと思い込みたかっただけなのだ。水蓮はあの日、その目で父皇帝の最期を見ていたというのに。

 水蓮が灰夏の手をぎゅっと握った。


「水蓮?」

「私も、お慕いしております」

「な、なん」

「あれ、やはり、先ほどの言葉は社交辞令でした――か?」


 ふと、灰夏の唇が水蓮のそれに重なって、離れたときにはきれいな赤茶の瞳が水蓮を見つめていた。


「東宮さま。東宮さまの小料理屋の夢、叶わなくなってしまいましたけれど――」

「いいや。俺は二度と、人生を諦めない。水蓮。俺はこの先、皇帝として、五行の国をひとつにしたのちに、小料理屋営むつもりだ。だから」

「東宮さま?」

「だから、水蓮。共に歩んで欲しい。死がふたりをわかつまで」


 水蓮は灰夏を見上げて、心の底から笑みをたたえた。

 この先、二つの国の皇帝として、ふたりは国民を導かねばならない。けれどきっと、ふたりでならやり遂げられる。

 この国には、五行が存在する。木火土金水。これらは各々に国を作っていたが、ある時現れた皇帝たちにより、いつしか国は、ひとつになった。今は『太極の国』と呼ばれて、特産品である美しい陶芸品が交易される。五人の皇帝の加護により、国は栄えて人々は笑う。

 末永く、末永く、幸せな日々が続きますように。これはそう願った五人の皇帝の、始まりの物語。



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