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3-3 ビワ

 後宮に戻り、月の宮で花尚宮に棗茶を淹れてもらう。その間、灰夏は無言だった。


「東宮さま。私、この髪の毛のままに、会合に参加しようと思います」

「いいのか? 少なくとも、歓迎はされないぞ?」


 水国の人間は、今はもう、この世界には存在しないとされている。実際は生き延びた者たちが、各国に存在していることは、誰もが知っている。水国の皇帝が、世界に害を及ぼそうとしたなんて、信じない人間も少なくはない。これは誰かの陰謀だ。

 灰夏は水蓮を見やる。白銀の髪の毛は、水蓮らしくてとても美しい。赤茶も好きだったが、こちらのほうが似合っていると灰夏は思った。


「私、東宮妃として、頑張りますね」


 しかし、いつまでもここにいられるわけがないと、水蓮も灰夏も、気づいていたに違いない。笑む水蓮を、おもむろに灰夏が抱きしめた。


「すまない、すまない」


 なにに対して謝ったのか、水蓮にはわからなかった。わからなかったが、腹が立ったので東宮の胸を強くたたいた。たくましい胸だ。びくともしない。筋肉が多いのか、体温は高い。いつも横抱きにされるときは気を失っているからわからなかったけれど、灰夏の体温は、落ち着く。


「東宮さま、は。なにをご存じなのですか」

「これに巻き込んだのは、俺の責任だ。ソナタはなにも悪くない」

「巻き込んだ?」


 しかし、その先は教えてくれなかった。秘密主義な人間は好きじゃない。だが、この東宮がどんな扱いを受けてきたか知っているがゆえに、邪険にも扱えない。自分はずるい。東宮の好意に甘えて、父の無念を晴らそうなどと。


 灰夏の母が死した件で、一度は無罪になった宰相・安 加架が再び容疑者として浮上している。あの件は、夏場に起きた絞殺事件であり、遺体が発見されたときには死後三日と診断された。しかし、水蓮によれば、氷室という地下に保存すれば、冬と同程度は死体の保存がきく。皇后が殺されたとされる三日前の加架は、同僚たちと飲み明かしていたと証言されているが、七日前のその日は、政務を一日休んだ日があった。


「東宮さまも、その、加架さまが怪しいと踏んでいらっしゃるのですね」

「ああ、だが、もう十年前のことゆえに、検証ができない」


 加架は確か、宰相の中でも陶器部を管轄する人間だった。最終的には、水蓮の父皇帝の事件となにか関連がある気がする。水蓮が黙って考え込む。この妃は、一つのことに集中すると周りが見えなくなる。灰夏は横目で水蓮を見て、ため息をついた。また水蓮は、事件に足を突っ込もうとしている。土の皇帝の茶葉の件だってそうだ。医官に伝えればいいものを、自分で見たもの調べたものしか信じない。そのうえ、土の皇帝の件は女官に扮してまで謎を解き明かした。あの件で水蓮が東宮妃として口を挟んでいたら、政治的な軋轢が生まれただろう。


「加架さまは、なにか不審な点はないのですか?」

「ああ、加架どのは、自ら陶器をおつくりになるほど、陶器に詳しい」

「なるほど」


 灰夏が、水蓮をそろりと見やる。その真剣な顔に、口を開きかけて、やめた。今、この場でなにを言っても、なんの解決にもならない。


「では、私は本日は、皇帝陛下に呼ばれておりますので」

「ああ。最近また、体調がお悪いようだ」


 先の件――茶葉の覚醒作用の成分が体に合わないのではと進言したことで、水蓮は皇帝に気に入られたようだった。



「水蓮、まいりました」

「入れ」


 苦しそうな声に、内官が扉を開いた。寝台に横になる皇帝は、顔色が悪く汗がひどい。吐き気もあるのだと聞く。またなにかの中毒だろうと当たりはつけているのだが、それがなんなのかは実際に会わないとわからない。水蓮がこうべを垂れたまま、皇宮に入っていく。皇帝は、参内官さんないかんを残して、人払いをして水蓮と二人きりになった。寝台に寝る皇帝の脈を、水蓮が見る。心拍が速いのは、なにか毒が体を巡っているからだろうか。


「皇帝陛下。最近の食事内容をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「ああ。参内官。これへ」


 膳を持って、内官が机の上に乗せた。なんのことはない食事だった。粥にアヒル、魚の揚げ物に、あんかけ、汁物にはもやし、それから野菜はナムルにしてある。灰夏の作る料理に比べると、彩りはよくないが、どれも一級品の食材を使用している。


「これは……毒見はしたのですよね」

「ああ。これらに毒はない」


 だとしたら、やはり嗜好品が怪しい。水蓮はためらうことなく、


「お茶は、最近はなにを?」

「ああ、これだ。珍しいものをもらったのだ」


 内官にまた指示して、出されたのは黒い粉末だった。赤茶の粉も混じっている。香りもよくあるお茶のものだった。この茶に、なにか毒があるのだろうか。水蓮は、お茶を懐紙に包みなおして、皇帝の方に目を向けた。


「これは?」

「ビワの葉のお茶だ」


 ビワの茶は有名だが、それは葉を煎じて飲む場合に限る。この茶には、もしかしたら種――毒が含まれているのだろうか。ビワの茶に種が使われることは少なくない。しかし、ビワの種は、未熟なものには、梅と同じ毒――青酸が含まれるのだと聞いたことがある。

 水蓮は、そのビワの粉末を今一度懐紙に包んで、いったん皇帝の皇宮から出ていった。



「さて、これをどう確かめるか、なんだよなあ」


 確かめると言ったって、誰かに食べさせるわけにもいかない。となれば、必然的に、水蓮自身で試すのが一番早いだろう。水蓮は、内緒でビワの茶を煎じて飲みこむ。苦みの中に甘みもあり、美味しいお茶だった。このお茶を、誰が皇帝に渡したのか、聞いておけばよかった。最近、皇帝が緑茶の中毒だと知ってから、様々な宰相が覚醒物質のない安全なお茶を、皇帝に献上するようになった。ゆえに、きっとこのビワの茶の送り主は、そう簡単には見つからないだろう。皇帝に献上されたものは、直接皇帝に手渡せるわけではない。まとめて、毒見と検閲をしたのちに、皇帝に渡されるのだ。

 そして、このビワの茶は、毎日飲むことで徐々に毒が体に蓄積する。だから水蓮は、毒の回りを促進するために、高麗人参の煎じ薬も一緒に飲んで、その効果を待つのだった。


 ビワの茶を飲み初めてから七日ほど、水蓮の体に違和感が現れ始める。視界がぼやけてものが見づらい。頭痛もする。これは、おそらく。


「水蓮? 料理がまずかったか?」


 今日の料理も灰夏の手製のもので、それは美しかった。

 卵を四角く焼いた卵焼きは、甘じょっぱくて美味しい、日元国製だ。豚肉でだしを取った汁物には、煮込んだ甘辛い豚肉を添える。粥は全粥で、炊き加減がちょうどいい。

 どれも見ても食べても美味しく、しかし水蓮は、少しの体の違和感に見舞われていた。いや、少しどころではない。高麗人参で毒の進行を速めたからか、思いのほか、毒が体にまわっている。くらくらする頭で、食事をとる。しかし、味がわからない。


「水蓮!?」


 しまいには、食事中にもかかわらず、体が傾き倒れそうになるものだから、灰夏は慌てて立ち上がり、水蓮の体を支えるのだった。くったりと水蓮の体が脱力している。


「水蓮、なにか悪いものでも」

「いえ、東宮さま。皇帝陛下のところに、連れて行ってくださいませんか」


 七日の服用でここまでとは。現状、水蓮は毒らしい毒など食べていない。灰夏の料理が毒になるはずがない。だとしたら、この症状は、ビワの茶だと確定していいだろう。高麗人参とともにに飲んだから効きが早かったのもあるのだろうが、このビワの茶を渡した人物は、したたかで計算高い人間だ。

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