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3-1 陶器

 この世界には、五つの国と特産品が存在する。特に陶器は諸外国にも人気の品で、高値で売れる。当然、収賄も絶えず、後宮の陶器が消えることは日常茶飯事であった。


「これでもない、これも違う」

「あら、なに。泥棒ネズミ」


 陶器部の倉庫を見渡す水蓮に、その日話しかけたのは己花である。きれいな桃色の襦裙を身に着け、帯飾りは最高級のサンゴがぶら下がっている。先日の件があってから、七日の時が過ぎていた。もうすっかり己花はいつも通りである。土夏との仲も元通りだし、水蓮への風当たりもまた、いつも通りだ。

 今日は、灰夏に許可をもらって、陶器を作り、保存している陶器部に足を向けていた。あの日、水蓮の父皇帝が死んだ際に使われていた食器と同じものを探すために、水蓮はここに来たのである。しかし、この陶器部には何百と陶器が保存されていて、見て回るだけで半日はかかっていた。


「あ、己花、さま」

「あーあ、私、アンタがいないと退屈で。ねえ、アンタ、なにを調べているのか知らないけれど」


 己花が、ずいっと水蓮に顔を寄せる。その後ろに、土夏の姿が見える。土夏が己花の胸に手を添えると、ちりちりと火花が散った。まるでそう、まるで、灰夏が水蓮にした時のように、干合の剣が、抜き取られる。


「はは、見た? 私たちの剣、あの時はたまたま顕現できなかっただけなのよ」


 それをわざわざ知らしめるためにここに来たのだとしたら、なんて弱気な。水蓮に対抗することで、己花は自分を保とうとしている。土夏の信頼を回復しようとしている。しかし、見たところ土夏が己花を嫌うようなそぶりも噂も、聞いたことがなかった。つまり、己花は、見えないものにおびえているのである。

 加護の剣は祝福の象徴だ。しかし、己花はつちのとのひめと呼ばれているのだから、干合するならば相手の男が甲でなければ土にはならない。土夏は己の東宮であるから、だったら干合するためには、己花が甲のひめでなければならなかった。干合とは、甲己で土に転じ、乙庚で金、丙辛で水、丁壬で木、戊癸で火に転じるからだ。だとしたら、思い当たるのは。


「己花さま……アナタは甲のひめぎみなのですか?」


 灰夏は戊の東宮だが、土夏は己の東宮だ。己と干合するのは必然的に甲しかない。両親は土の国の人間と聞いていたが、どうやら己花もおそらく、水蓮と一緒で自分を偽っている。


「土の国に土の剣に現れたのだから、どちらにせよこの国に対する祝福は、私のほうでしょう?」


 己花の言うことはもっともだった。己花が土の剣を、水蓮が火の剣を持ってこの国を治めるとなった時、土の国にとって最良なのは土の剣だ。


「己花さま、土夏東宮さまも、ご存じなのですね」

「あは、そうよ。アンタと同じ、訳ありなのよ、私も」


 甲の加護が発現して、義母はそれを利用したのだ。己花の父が木の国の人間のため、己花に木の加護が出るのは決して珍しいことではない。義父は木の人間であることを隠していたのだ。ひとえに、己花の加護が土であると嘘をつくためだった。そして、幸いにも己花の髪と瞳は、母のものを継いで赤茶である。だから母は、甲の加護だと隠して、土夏のお茶会に己花を送り込んだ。そうして、どういうわけか、己花は、土夏と触れている間だけは、土の加護を生み出すことができたのだ。これは、加護の剣と同じ原理である。つまり、土夏と己花が触れ合うことで干合が起きて、その加護は土に転じるのだ。

 知ったとたん、義母のあさましさにめまいを覚える。しかし、実際に己花は土の加護を操れるのだから、土夏が己花を選んだ気持ちもわかる。干合での加護の力は、ひとりでのものと違って、より力が強くなる。土夏とともに生み出した加護の土は、少量を畑にまくだけで作物がよく育つし、その土で作った陶器は、それは美しく、この国一番の出来栄えだった。


「じゃあ、今日はここにいてもらおうかな」

「え、己花さま?」

「さようなら」


 陶器部の倉庫の扉を、己花が閉じていく。置いていかないで、暗いところは嫌。あの実家の地下室を思い出すようで、怖い。足が震えて動かない。真っ暗な倉庫に、水蓮は閉じ込められる。

 その日、遅くまで水蓮が帰らぬからと、灰夏の命令で水蓮が捜索された。後宮は上を下への大騒ぎだった。


 無事に陶器部の倉庫から見つけ出されるまでの間、水蓮は残ったろうそくの明かりを頼りに、倉庫の中の陶器を確認する。暗い場所は水蓮を恐怖にいざなう。しかし、今はそれよりも、次にこんな機会はないのだから、陶器をくまなく調べるのが先だった。白い陶磁器、赤いもの、青いもの。黄色く絵付けされたもの。様々な色のものがあるが、水蓮の目的は青い食器だった。透き通るような空の青。


「これ、これは父上の使っていたものと同じだわ」


 青い釉薬は、よく使われるらしく、皿から茶碗まで一式がそろっていた。一応触れてみるも、毒などで死ぬことはなかった。この器に毒がないなら、ほかの器だろうか。

 次に青白磁も同じように見て触れたが、なんの変哲もない食器だった。


「水蓮! いるのか!」


 外から聞こえた声に、水蓮は倉庫の扉に走り、それを勢い良くたたいた。どんどん、と夜空に音が響く。ろうそくの灯が、ふっと消えた。水蓮は恐怖に耐えきれなくなり、その場に尻をついて泣きだした。


「東宮さま! ここにおります!」


 がちゃがちゃと錠の開く音がして、扉を開けてなお、外は暗かった。いつの間にか真夜中で、灰夏は大事そうに水蓮を抱きしめた。冷え切った体を温めるように、灰夏が着ていた龍の官服を脱ぎ、水蓮の肩にかけてやる。


「すまない。誰がこのようなことを」

「己花さまが……いえ、私が悪いのです」

「土夏も一緒だった、のか?」

「……勘がよろしいのも困りものですね。はい、土夏さまもいらっしゃいました」


 困ったように笑う水蓮の頬に手を添える。半日閉じ込められていたからか、唇がカサカサだった。灰夏は、人目もはばからず水蓮を横抱きに抱え上げた。肩にかけた衣が落ちないよに抱き上げるなんて、灰夏はずいぶんと器用だな、と水蓮は灰夏を見上げた。月明かりで白銀の髪の毛が照らされて美しかった。なぜ今なのだろうと水蓮も首をかしげたが、水蓮は自分の本来の髪の色を、この東宮に見てもらいと、そんなことを思った。


「東宮さま、なりません」

「動くな。ソナタ、俺がどれだけ心配したと」


 そのまま歩き出し、女官や内官たちが後ろに続く。この過保護な東宮に、迷惑だけはかけたくない。かけたくないのに、手の届くところに父を殺した犯人がいるかもしれないと思うと、じっとしていられなかった。たとえその事件の黒幕が、この灰夏だったとしても、きっと水蓮は迷うことなくこの灰夏に復讐をするのだろう。自分はなんてあさましく、残酷なのだろうか。

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