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2-6 母

 お披露目の会が無事に進む中、会場がわっとざわめくのがわかった。その中心にいたのは己花と土夏である。


「お姉ちゃん、いいところに来たわ」


 じわ、と水蓮に汗が滲んだ。悪意のある己花の視線が、水蓮はなによりも苦手だった。己花は、このお茶会が気に入らなかった。水蓮のために開かれたお茶会。だから、わざわざこの場を選んで、こんなことをしたに違いない。

 己花は、水蓮の前に歩き、隣にいる土夏と目を合わせる。土夏がうん、と頷き、そのままふたりが唇を合わせた。会場中がざわめいて、なのに水蓮は息すらできない。己花の胸元に、火花が散っている。赤土色の、火花だった。

 唇を離し、土夏がその火花を手に掴む。そうして、己花の胸から抜き出された剣は、紛れもなく土の加護の剣だった。


「あはっ。お姉ちゃんだけが、特別じゃなくて、悔しい?」

「でも、その剣は」


 封じられた剣だと、前に金華に聞いていた。しかし、己花も土夏もそれを知っていたようで、土夏がその剣を高らかに掲げて、


「土の国に、多大なる加護が現れた!」


 赤茶の剣が、その証拠となった。水蓮と灰夏の加護の剣は、受け入れなかったのに、周りにいた王族・貴族たちは、土夏と己花こそが、土の国の正当な後継者なのだと口々に褒め称える。

 目眩を催す水蓮を、灰夏が支える。


「あちらに行こう」

「東宮さま……」

「俺は、次期皇帝など、望まん。オマエがいれば、それでいい」


 土夏が加護の剣を己花の中にしまい込んだのを合図に、みなが土夏と己花を取り囲んだ。水蓮はいったん房の隅に避難して体を休める。灰夏は少しだけ水蓮から離れて、土の国の皇帝の補佐に歩いていた。


 己花がもてはやされる中、水蓮は房の隅でしばらくお茶会を見ていたが、仮にも主賓は水蓮なため、水蓮はつとめて明るく振舞ったし、様々な王族たちと挨拶を交わした。

 お披露目のお茶会では、水蓮はあちこちで噂され、時に顔を出し、その中でも火の国の皇帝が、水蓮の加護の剣に興味津々と言った様子だった。この皇帝は、水蓮が初めて会合に顔を出した際も、水蓮に馴れ馴れしかった。加護の剣を見せろとせがんできたのは記憶に新しい。


「水蓮妃の加護の剣。あれは火だと聞いています。わたしも書物でしか呼んだことがなかったのですが」

「書物で?」

「はい。昔々、この世界にはあやかしがはびこっていたのですが、それを封じたのが、加護の剣。そして、加護の剣は力が強すぎるがゆえに、どこへともなく消え去った。なるほど、どこを探してもないわけですね」


 火の国の皇帝は丙の皇帝と呼ばれている。火を象徴する王族だからだ。だが、火の剣を顕現させることができるわけではない。そこには、五行の絡繰りがあって、干合という考え方が存在するのだ。つまり、甲己、乙庚、丙辛、丁壬、戊癸。この五行が合わさるとき、甲己は土に、乙庚は金に、丙辛は水に、丁壬は木に、戊癸は火に転ずるのだ。そして、加護の剣は、あやかしを封じたのちに、悪用されないために五行の各々に印された。その封印を解く方法が、水蓮と灰夏のように、異なる加護持ちの人間が、深く結ばれることらしい。


「でも、丙の皇帝陛下」


 丙の皇帝陛下――火之は、にこやかな青年である。年のころは二十三、灰夏よりは水蓮に近しい年齢だった。若いのにしっかりしているのは、代々の火の皇帝が、五行を取りまとめてきたからだろうか。火は五行の中で最も力が強い。丙は太陽、生物は太陽なくしては生きていけない。ゆえに、五つの国の中でも別格だった。


「でも、あやかしを封じる剣の封印を解いたら、なにかあるんじゃないですか?」

「さあ、それはわたしにはなんとも。ソナタは、妹君も東宮妃と聞きました。しかも、妹君と土夏東宮は甲己で土の加護の剣を持つと。先ほどの」


 うさん臭い笑みだ、水蓮が一歩引くと、火之がはは、と笑いを漏らした。そもそも、己花と土夏にも、加護の剣があることに驚く。あれは、結びつきの強い人間同士でしか、顕現できないと今しがた火之が言ったばかりだった。それに、己花は土の加護を持っているはずで、土夏が己の東宮だとしても、己花は甲のひめではないはずだ。土の剣を顕現するには、甲である木の加護が必要なのだ。

 火の国の勢いはとどまるところを知らない。本来、火の国には水の国が干渉することで力を抑えていたのが、今はもう、水の国がなくなってしまったため、だいぶやりたい放題だというのは、平民でも知る話だった。


「ああ、そんなに警戒しないで。ただ、わたしはソナタたちと仲良くしたいだけで」

「丙の皇帝陛下。水蓮はそろそろ、疲れていますゆえ、後宮に帰らせようかと」


 隣に来た灰夏が、水蓮をかばうように背中に隠した。水蓮は、ほっと息を吐き出し、吸う。この火之という人間は、底が見えない。貼り付いた笑み。この笑みを、水蓮は知っている気がする。


「水蓮?」

「東宮、さま」

「顔色が悪いぞ?」

「いえ、だいじょうぶ、で――」


 しかし、水蓮の体が傾く。灰夏は水蓮の体を支え起こす。しかし、気を失っていて立っていることができない。灰夏は、迷うことなく水蓮を横抱きにした。いつも思うが、水蓮の体は羽のように軽い。ここにきて三か月たつが、一向に体重が増えない。もともと太りにくい体質なのかもしれない。


「まあ、東宮さまは水蓮さまにご執心ね」

「ああ、お似合いだ」

「なにが加護の剣だ。それが顕現されたからって、なんになるというんだ」


 気を失ってなお、水蓮にはその悪口が聞こえた。そんなもの、こちらが聞きたい。灰夏がなぜ自分に優しくするのか、加護の剣のことを、なぜ丙の皇帝が知っているのか。

 抱かれながら、水蓮は薄れゆく意識で、昔の夢を見るのだった。


 あの日、父皇帝を殺した少年は、まだ幼さを残す男の子だった。きれいな瞳が暗闇に光っている。髪の毛も。月明かりで夜でも輝いていて、神秘的で美しかった。月と同じ淡い色の髪だ。だから、か。水蓮はその子のことを、助けに来た水国の禁軍だと思ったのだ。怖かったよ、と走り寄るよろうとした時だった。その男の子は、父皇帝に剣を突きだした。ギラリと光った切っ先が、父皇帝を脅かす。金屏風の裏で、水蓮と母皇后が息を飲む。


「アナタを殺さねば、俺の家族が、国が亡ぶのです」


 しかし、なにかおかしい。そう、あの少年は、父皇帝を殺したあと、金屏風の裏にいる、水蓮と母皇后を見つけ出した。母皇后が懇願する。


「娘だけは、お助けください」


 少年は、母皇后も水蓮も、殺さなかった。ふたりで後宮を抜け出す際、すれ違いざまに見た血の色が、恐ろしかった。


「これで、わたしの目的に一歩近づいた。この世界に、あやかしを再び」


 後宮の外で誰かが笑った。恐怖で震える身体をなんとか支える。本当は、今すぐ気絶してしまいたかった。しかし、自分は逃げねばならない。逃げて、逃げ延びて、いつの日かこの国――水の国を立て直さねば。

 この時の水蓮は知らなかった。国から加護持ちがいなくなると、その国自体が衰退する。

 母皇后はそれを知っていたからか、水蓮を国の外まで連れ出すと、自分は水国に戻っていった。


「母上! 一緒に!」

「水蓮、アナタは生き延びなさい。母はこの国を守らねばならぬのです」


 荷車に隠れて、水蓮は母に送り出された。それからしばらくして、水国の皇帝が謀反を企てたとして、王族全員が処刑された。

 最後の王族である水蓮が国を離れたことで、水の国には水の加護がなくなった。水が枯れて、いつしか人々は死んでいった。隣国に逃げた人間もいるらしいが、水国の皇帝が五行の国を脅かす計画を立てていたと誰ともなく噂が広がり、水国の移民を受け入れないように、五行の国々にお触れが出た。それは冤罪というものだった。

 幼いながら、水蓮は考えた。父皇帝の死因は、明らかに過剰免疫反応アレルギーだ。しかし、料理の中にそれらはなかった。毒を盛られた様子もなかった。ならば、あの器。特別に献上された器だと父皇帝が自慢していたあの鮮やかな青色の食器たちが、毒になったのではないだろうか。

 水蓮は、素性を隠して土の国に入国する。まだ五歳だったから、荷車の中に隠れることも容易だったのが幸いした。水蓮は、じゃっかん五歳ながら皇帝の跡目としての教育を施されてきた。水蓮はまず、髪の色がわからぬように、泥を頭からかぶった。なにより、生まれ持った運の強さで、義父母に拾われたことは幸いだった。

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