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2-4 お出かけ

 皇帝の計らいで、正式に水蓮が披露目されることとなった。それにあたって、水蓮は灰夏に付き添われて襦裙の採寸に駆り出された。花尚宮も乗り気で、あちらの絹の反物が、こちらのものもよく似合うと、水蓮につきっきりで夢見心地である。しかし、水蓮には恐れ多くてどうにも居づらい。五歳でこの国に来て、身分を隠して生きてきた。今にして思えば、義母も、素性を明かさない水蓮に嫌気がさして、冷たくなっていった気がする。もともと義母には実子がいたところに、水蓮を拾ってくれたのだから、元来は優しい性格なのだと思う。後々、女官として己花につける算段だったとしても、義母と義父にはあとで感謝を伝えねばと思った。


「水蓮さまは、きれいな銀色の瞳なので、この青白磁色の襦裙がお似合いかかと」


 花尚宮が持ってきた襦裙を、服の上から当ててみる。今日は姿見鏡なんてものまで用意されて、水蓮は気まずい思いを隠すことはしなかった。おもむろに嫌そうに顔をしかめると、「まあ」と花女官が笑った。


「私、一枚あれば十分です」

「いけません。今後、水蓮さまのお披露目の茶会、そののちは五行の国々の会合や親睦会も十日に一度はありますし、その先には、婚礼の儀がありますゆえ。町を歩くにも妃らしく振舞わねば」

「そうですね。じゃあ、二枚だけ」

「ソナタは本当に自分に無頓着だな。今日は十枚、あとでもう十枚手配する」

「ええ、東宮さま。そんなに必要ですか?」


 傍ら、花尚宮は水色と青白磁と、青色の襦裙を注文している。どれも水蓮の名前の水に関する色だった。この国では、赤茶色が祝福されるというのに。水蓮は慌てて襦裙を手に取った。滑らかで、肌触りのいい襦裙は、水蓮の背丈には少しだけ大きい。買ったら裾の丈詰めをお願いする必要があるだろう。


「あ、私、赤茶と海老茶も欲しいです」

「まあ、まあ。水蓮さま、この国のお色にご興味が?」


 出来上がった襦裙ではなく、赤茶と海老茶の反物を、花尚宮が水蓮にあてがう。姿見鏡を見ると、どうにも顔色がよく映らない。水蓮はがっかりしたように肩を落とした。少しでも灰夏に関係する色にしたいのだが、そううまくいくはずもない。先ほど選んだ、青系統は似合っていたのに。


「やはり、水蓮にはこちらだろう」


 同じ赤茶色系統でも、やや青み寄りの反物を見繕って、灰夏が渡した反物は上品ですべらかだった。水蓮はしり込みする。また似合わなかったら落胆される、そんな不安とともに、灰夏の選んだ反物を体に当てて姿見鏡を見る。するとどういうわけか、同じ赤茶でもこちらは水蓮に似合っていた。そういえば、今持っている数枚の襦裙は、灰夏が選んでくれたものだ。あれらもよく水蓮になじんでいた気がする。


「わ、本当ですね。こちらなら私にも合います」

「そうだろう? 無駄に反物を取り寄せたわけではない。人にはそれぞれ、似合う色とそうでない色がある。そしてそれは、ほんのわずかな色の違いによって変わってくる」


 もの知りな灰夏に、そういえば、料理の盛り付けも彩りよく美しかったことを思い出した。その料理の取り合わせが、毎回考えられているように思った。青い野菜の時は淡い色を、食欲を増すように魚料理には暖色の食器を。お粥は淡い色味の器に盛り付けられ、汁物は白い椀に盛り付けられる。


「東宮さまは、その知識はお料理からですか?」

「察しがいいな。そうだ。盛り付ける皿と食材の合わせ方は、簡単なようで難しい」


 色と色の組み合わせは無限大なのだ。そういうことを、水蓮は知らずに生きてきた。きっと、実の母親が生きていたら、自分もそういったおしゃれに興味を持ったのかもしれないと思って、かぶりを振った。もしも、なんてものは存在しないし、そもそも水蓮はもともとおしゃれ興味がないようにも思う。そうだ、母親が生きていたって、きっと水蓮の性格になんら変わりはないはずだ。


「私には、過分な扱いです」

「またソナタは。ソナタは確かに、五行の祝福があるのだから、もっと堂々としていてくれ。俺のためにも」

「そうですね。東宮さまのお顔は立てます」


 そういう意味で言ったんじゃない、と言いかけてやめた。水蓮はどうにも、性格がひねくれている。頭が良すぎるがゆえに人より感受性が豊かで、知らなくていいことまで知ってしまう。そんな気がして、灰夏は水蓮の未来を思って、嘆息した。


 一通り襦裙や反物を決めて、形は胸で縛るものと腰で縛るもの、それから、上下が一体になっているものを頼んだ。しかも、どれ一つとして同じ形のものはないため、水蓮は消えてしまいたくなる衝動をこらえた。もっと堂々していてほしい、という灰夏の頼みは聞けそうにない。水蓮には、多少の知識がある。土の国の皇后――灰夏の母親の死体が氷室にあったのではないかとか、皇帝の体調不良は覚醒作用のある成分が、高麗人参によって吸収されずぎて、中毒を起こしているとか。その程度だ。誰だって思いつくと、水蓮は思っている。


「水蓮。今日は疲れただろう? 少し、息抜きに行くか?」

「息抜き、ですか?」

「ああ。町に出て、料理でも食そうかと思うのだが」

「行く! 行きます!」


 食べることに関しては、水蓮は人一倍食い意地だけはあるようで、言われてみれば灰夏の料理だって、食べ過ぎて胃を悪くしたほどだった。くっく、と灰夏が笑うと、水蓮がカッと頬を赤らめた。確かに、食べ物につられた自分を思うと、水蓮は笑われたことに赤面するしかなかった。灰夏の料理は好きだが、町の料理も食べてみたい。水蓮はいつも、己花が料理屋に連れて行ってもらっていることをうらやましく思っていた。この国――土に国の料理屋には、行ったことがない。


「わ、笑うことないじゃないですか」

「いいや。オマエがかわいくて、つい」

「か、可愛いとか……東宮さまは、私が癸の加護を持っているから、妃にしただけのくせに」


 軽口をたたいて、ハッとしてこうべを垂れた。灰夏がほう、とうなっている。面白がっている。水蓮の頭の手っぺんを見つめて、「よい」とつぶやいた。しかし、水蓮は頭を上げない。


「申し訳ありません! 東宮さまにこんな口を」

「良い。ソナタと打ち解けられて、俺はうれしい」


 もう一度、灰夏が言ってようやく水蓮は頭を上げた。灰夏の困ったような顔が目入る。別に、困らせたかったわけではないのに。

 そういえば、さっき灰夏は水蓮のことを『ソナタ』ではなく『オマエ』と呼んだ。本当の夫婦になれたような気がして、思わず目の奥がツンとした。しかし、悔しいのでそれを悟られないように、水蓮は灰夏の前を歩きだす。輿に乗ったら身分がばれるため、遠くに花尚宮や内官、禁軍たちが見守る中での、お忍びだった。


「それで、どちらに向かわれるんんですか?」

「ああ。日元国の料理が気になる」

「そうですか。かき氷、あるといいですね」


 かき氷と言えば、灰夏の母親のことを思い出す。灰夏の母親は、何者かによって殺された。その犯人は今も捕まっていないのだと聞く。十年も前の話だから、今さら捜索もできないだろう。しかし、おおよそ種と仕掛けはわかった。ほかならぬ水蓮の推理だ。灰夏の母は夏に絞殺され、死後三日で見つかった。しかし、実際は氷室に遺体を運んで、寒い環境で腐敗を遅らせていたから、死後七日から十日は経っていた可能性が高い。遺体は、誰もいない部屋から見つかった。灰夏の母――皇后の宮で、ひとりで首を吊っているのが見つかったのだ。その遺体には、傷跡があった。生前についた傷跡ではない、死後、もろくなった遺体の皮膚に触れた痕。おそらく、遺体を背負って運ぶ際についた傷だ。これが、太ももの後ろに残っていたのだとか。

 そして、この宮に出入りした人間は、宰相の加架、尚宮の治尚宮、それから内官の衣内官である。この三人は、後宮の皇后の部屋に入った時、まだ皇后は寝ていたと証言した。十日前に治尚宮が入った際には、その顔を見て、頼まれた紙を届けている。しかし、七日前に、加架が後宮の庭にいたところを、衣内官が目撃している。治尚宮は、三日前に後宮の扉の前から皇后を呼ぶも、皇后は返事をしなかったという。治尚宮のほかにも、皇后が布団にくるまって寝ていたと証言するものが多かった。その声は、風邪でガラガラだったそうだ。加架が皇后を殺したあと――発見から七日前以降から声が変わったのだ。布団を頭からかぶって身代わりのものを起き、あたかも皇后がいるかのように錯覚させた。つまり、皇后が亡くなったのは遺体が見つかる七日前のことだ。あの日、加架は後宮をうろつき、隙を見て後宮に入った。そのあと、加架が大きな荷物を荷台に乗せて、後宮から出ていく姿を衣内官が見たのだ。そして七日後、加架は氷質から皇后を運び出し、後宮に戻したのだ。第一発見者となったのも、加架だ。調度品のタンスを運ぶ際、中の仕切りを外して遺体を入れて、後宮内へとなんなく運び込んだ。

 知ったところで、加架の罪とはできなかった。当時も容疑者として挙がった加架だが、殺害当日に部下と酒を飲んでいたことがわかり、無罪となった。しかし、七日前に政務を休み、姿を消した空白の時間があるのも事実だった。取り調べの際、加架が手に包帯を巻いていたのは、皇后を背中に背負うように縄で絞殺した際、握りしめた縄の跡がついていたからだろう。背中で背負うように締め上げると、首を吊った時と同じように縄の締め痕ができるのだ。

 灰夏が秘密裏に調べた結果、加架の自宅の裏山に、大きな氷室が見つかった。


「あの、東宮さま」

「なんだ?」

「加架さまは、なぜ捕まえないのですか?」

「ああ。加架は、泳がせている」

「泳がせる?」


 となると、先だって土の国の皇帝陛下が、高麗人参と茶葉の乱用で、覚醒作用のある物質カフェインの中毒になっていた件に関与しているということだろうか。まだ加架が、悪事を働いているとなると、この灰夏もかくまわねばと水蓮は強く思う。


「茶葉の件ですか?」

「ああ。あの件は、口を割らないが、加架が目論んだのではないかと思っている」


 しかし、加架は現状、ふたりの東宮――灰夏と土夏のどちらの味方でもない。なにが目的なのだろうか。土夏派ならば、皇帝を陥れてもおかしくはないのだが。

 そもそもは、土の国の皇后を殺して、土の国の加護の力を弱めるのが目的なのかもしれない。本来国には皇帝と、それと同等の加護を持つ皇后がそろってこそ、その加護の力は安定する。各国々の皇帝や王族が、頻繁に茶会や会合を開くのは、なにも政治のためだけではない。加護の伴侶を探す意味合いもある。土の国は運よく、東宮のふたりともに妃ができた。ほかに妃や皇后がいる国は、今は金国だけだ。金華と宝鈴を思い出して、久々に会いたいなと水蓮は思った。


「さあ、そんな辛気臭い話は置いておいて。ついたぞ」


 後宮を出て、お忍びで訪れた料理屋は、繁盛して外まで行列ができていた。みな、笑顔で店を出てくるところを見ると、ここの料理が美味しいことはお墨付きだろう。そもそも、あの料理上手な灰夏が選んだ店なのだ、美味しいに決まっている。水蓮の中がくうと鳴った。いつもそうだが、この腹の虫はいつも間の悪い。水蓮がお腹を押さえる。


「ふ。ソナタ、食べることが好きなのか?」

「わ、笑いましたね。私も意外でした。でも、多分、東宮さまと食べるからおいしいんです」


 言い終わって、とんでもなく恥ずかしい言葉を吐き出したことに気づく。ふたりで食べると美味しい。それはそうなのだが、なにも今言わなくてもいいものを。好きな人との時間ならば、どんなことでも尊い。それをまざまざと感じてしまい、水蓮はふと顔をそらした。ふたり同時に顔をそらして、折よく順番が回ってくる。


「二名さまですね。中へどうぞ」

「ああ。行こう。水蓮」


 そのまま自然な形で手を取られて、この東宮はどこまでも人たらしなのだと水蓮はどぎまぎするのを悟られぬように、一歩一歩踏みしめて歩いた。

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