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2-2 皇帝と毒

 厨房を借りて、今日のお茶を確認する。日元国から手に入れた緑茶が、最近の皇帝のお気に入りなのだと料理長が鼻高々に説明した。これを手に入れられるのは、料理長の人脈あってのものらしい。青い茶葉を飲むと、眠気覚ましになる。ヨウロプのコーヒーもそうだが、そういった飲み物を、皇帝はことさら好んで飲むようだった。コーヒーは苦みが強いため、皇帝のお気に召さなかったようだが、この国の茶である烏龍茶と同じ茶葉から作る緑茶が、皇帝の最近のお気に入りだった。


「あの、このお茶を淹れるときの水は、どこの井戸のお水を?」

「水か? ここから一番近い井戸だよ」


 水蓮は、後宮内の井戸の位置をすべて把握している。水蓮がふと目を瞑り、そうしてぱちりと開かれる。料理人たちは水蓮などそっちのけで、忙しそうに調理にいそしんでいる。

 あまり人がいるところではこの力は使わないようにしているが、このお茶ならば、『柔らかい水』が最適なはずだ。お茶は水の硬さで味が変わる。淹れるお湯の温度も大切だ。

 水蓮がそっと、鉄鍋に手をかざすと、水蓮の手から、滾々と水が湧き出るのだった。


「さて、これでいいわ。あとは、皇帝陛下の体調不良の原因を、どう探すか」


 水蓮のこの能力を知るものは、この後宮にはいない。そもそも、この異能は、王族にしか現れない希有なものである。木の国の王族なら植物の成長を促進させ、火の国の王族は火を起こせる。土の国の王族ならば上等な土を生み出すし、金の国の王族ならば質のいい金属を生み出す。そして、水の国の王族は、水蓮のように硬さを変えた水を、自在に操れる。


 お茶が冷めないうちに、お茶菓子とお茶を膳に乗せて運んでいく。皇帝陛下の皇宮に行くのは初めてで、水蓮は緊張の面持ちでその宮に足を踏み入れた。灰夏の皇宮とはまた雰囲気が違う、さすが一国の主の皇宮だ、配置される禁軍の数も相当であるし、尚宮、女官、内官は百を超えるだろうか。

 たくさんの官吏が見守る中、水蓮は震える手で膳を持ち直し、皇宮の扉の前でこうべを垂れた。


「お茶を……持ってまいりました」

「入れ」


 内官が扉を開く。音もたたないほど手入れの行き届いた扉の先に、皇帝陛下の姿があった。その姿を直視できず、水蓮は下を向いたまま皇帝の書斎に足を踏み入れる。床がぴかぴかで滑りそうだった。皇帝が水蓮に気づき、一度だけ顔を上げる。水蓮は立ち止まり、膳を持ったまま礼をした。


「ああ。……いつもの女官ではないのだな」

「あ、はい。水蓮と申します。今日のお茶は、私が工夫を凝らして淹れました」


 頭を垂れたままに、皇帝陛下の真ん前まで歩く。そのまま、内官が膳を受け取って、皇帝陛下に出される前に、毒見役が茶と茶菓子に口をつけた。水蓮が東宮妃だと、皇帝は気づいていないようだった。会合でも顔を合わせる暇がなかったし、灰夏とともに皇帝に挨拶に行く前に、水蓮がどうしても皇帝の病を調べたいと、女官として潜伏していたことも理由の一つだ。だが、顔を知らないくらいでちょうどいい。毒見の女が、生きながらえたことにほっと息を吐きだした。


「問題ございません」

「わかった」


 机に向かって、皇帝は上書を読んでいるようだった。巻物を開きながら、皇帝が茶碗を手に取った。よほど忙しいのだろう、茶を飲みながら上書を読んで、しかし、皇帝の目がお茶の方をまじまじと見た。きれいな水色、青々として、香りはすがすがしい。渋みはあるのに、甘みが引き立っている。温度もちょうどいい。茶葉を変えたのだろうか。


「甘い……これは、いつもの茶葉か?」

「は、はい。今日のお茶は、柔らかい水で淹れましたので」

「柔らかい?」

「はい。水には硬さがあるのです。地方によって、硬かったり柔らかかったり。今日は柔らかな水で、湯冷ましで淹れているので、甘い仕上がりかと」


 皇帝が茶に気を取られている間に、水蓮は皇帝の部屋を見渡した。茶を頻繁に飲むのであろう、茶碗が机のそこかしこに置いてあり、その上、茶葉をじかに食べている形跡も見られた。眠気覚ましに茶葉やコーヒーを用いるのは、貴族たちの間では流行っているようだった。皇帝も、忙しさのあまり睡眠時間を削るために、茶葉を摂りすぎているのは明らかだった。それでも、量としては、過剰というほどまでは摂っていない。曲がりなりにも皇帝には医官がついているのだから、一日にどれくらいまでなら茶葉を摂っていいのか、指示されてはいるのだろう。それでも、皇帝の病は、如実にこの茶葉が原因だと物語っている。


「皇帝陛下。一つ伺いたいことがあります」

「なんだ」

「はい……無礼を承知で申し上げます。皇帝陛下は、せんじ薬はなにをお飲みですか?」


 皇帝のあれこれを聞くことなど、いち女官には許されるはずがない。あまつさえ、せんじ薬の内容なんて、息子でも知ることはできないだろう。皇帝の体調はすなわち国の安泰に直結する。皇帝は国の根幹である。加護を持つ王族が死すれば、国は加護を失い没落する。水蓮の故郷のように。

だが、水蓮は自分の目的のためにも、今、この皇帝に死なれては困るのだ。皇帝が眉根を寄せて顔を上げた。水蓮の顔を見て、ほうと息を吐きだした。


「ソナタ。我が国の人間とは思えぬ顔立ちだな」


 髪の毛は赤土色だが、肌が抜けるように白く、瞳も色素の薄い白銀だった。白銀の髪や瞳を有するのは、水の国の人間の特徴だ。しかし、水の国は十三年前に滅びた。皇帝が死したことにより、国民に水の加護を与えられなくなったからだ。

 国にとって、皇帝はなによりも重要な存在だ。水の国が滅びたのは、みずのえの皇帝が、亡くなったからだというのはどの国の人間も知るところだった。


「わたしの薬を知ったところで、オマエはわたしを暗殺でもするつもりか?」

「いえ……見たところ、皇帝陛下はお茶を多飲していらっしゃいます。茶葉を直に食べることさえ。そうなると、心配なことがあるのです」


 水蓮は、皇帝に首を垂れたままに答えた。そののち、水蓮が顔を上げて皇帝をまっすぐに見据える。その目に一切の嘘はなく、皇帝は迷いながらも立ち上がる。


「ソナタは、何者だ」

「皇帝陛下のお身体を、治しに来ました」

「わたしの? わたしの病の原因が、わかるのか?」


 発汗に手足の震え、それに心臓が不規則に脈打つ。医官たちも、この病にあてはないと首をひねるばかりだったというのに。皇帝が水蓮を見据えている。水蓮は、皇帝に一歩歩み寄り、空になった茶碗に手をかざした。

 水蓮の手から、こんこんと水があふれ出し、茶碗一杯に満たされる。


「ソナタ……水の国の」

「わたくしの秘密は明かしました。どうか信じて、せんじ薬の内容を教えていただけませんか?」


 土の国の皇帝は、灰夏に似て聡明で優しいとは、聞いたことがある。皇帝が、目の色を変える。


「ソナタ……灰夏の妃……?」


 水蓮がその場に膝をつき、拝礼する。


「はい、李・水蓮にございます」

「なぜ女官の姿をしている?」

「それは、皇帝陛下に内密にお話がございましたゆえに、東宮妃ではなく、女官としてまいりました」


 確かに、東宮妃として水蓮が皇帝に謁見したのなら、あらぬ噂もたてられるだろう。うん、と皇帝はうなって、椅子に座り直して水蓮に信頼のまなざしを向けた。


「先日、宰相たちに贈られた高麗人参、それから葛根にウコン」

「高麗人参、ですか?」


 ぴくり、水蓮の表情が変わった。皇帝もそれに気づき、しかし、これでなにも有益な情報が出てこないのならば、この東宮妃を生かしては返すまいと皇帝の視線は鋭い。水蓮が深呼吸する。やはり、この病は茶が原因で間違いない。医官も気づかなかったのは、皇帝の摂取する茶の量が、病的でなく普通量の範囲内だったからだろう。しかし、何事にも飲み合わせというものが存在する。


「高麗人参には、滋養強壮の作用がありますが、それはすなわち、血行を良くすること、そして、消化吸収を高めることを意味します」

「それくらい、わたしでも知っているが」

「はい。皇帝陛下の場合、茶葉が毒に転じているのです」

「はっ、なにを言い出すかと思えば、茶が毒だと?」


 あきれたと言わんばかりに、皇帝が立ち上がって水蓮の真ん前まで歩いた。その顎をつかんで上を向かせる。水蓮のあまりの美しさに、一瞬躊躇する。吸い込まれそうなほどの、きれいな顔立ち。大きな瞳に、すっと伸びる鼻梁、そして、小さな口には紅がさしてある。どこかの王族だと言われても納得してしまうほどの、気品が漂っているようにも見えた。皇帝がふるふると首を横に振った。


「皇帝陛下。皇帝陛下はおそらく、茶葉の覚醒作用のある成分に中毒を起こしておられます」

「中毒?」

「はい。日元国の茶葉のお茶がの成分が、体に吸収されすぎているのです。高麗人参でその成分の吸収が高まっていらっしゃいます。ゆえに、心の臓が頻繁に脈打ち、茶葉が切れると震えと発汗が起こるのです」


 皇帝が内官に目配せする。つまり、皇帝の体調不良を水蓮に話したのか、という確認だった。内官がフルフルと首を振って、しかし、皇帝にも納得がいかない。


「そのようなことを言って、わたしに取り入るつもりか?」

「はい、さようです」


 馬鹿正直に答える水蓮に、皇帝は思わず声をあげて笑った。肝の据わった。水蓮の話は遠巻きに聞いたことはある。兄東宮の妃は、いつも背中を丸めてうつむいていると。しかしどうだ、今目の前にいる水蓮は。誰がどう見たって、見事なまでに東宮の妃だ。


「なにかおかしいですか?」

「いや。して、この病を治す方法は?」


「はい。お茶を飲む回数を控え、高麗人参は煎じぬようにすれば、よくなるかと。しかし、離脱症状がありますゆえ、相当お辛いかと。解毒作用のあるせんじ薬を、のちほど医官に頼みます」

 実際は、特別な解毒作用のある水を水蓮が出す予定だ。これは、水蓮のみが知る、水蓮の秘密だ。水国の公主である水蓮には、様々な加護を施した水を作り出すことができる。解毒すら可能な、加護だ。


「かまわん。しかし、ソナタ。それを言うために、今日、わざわざここに来たのか?」

「はい。私には、やることがありますので」


 水蓮は、皇帝に拱手礼をして皇宮をあとにする。その後、十四日ほどして、皇帝陛下の体調がよくなったとの知らせが水蓮のもとへと入る。これを境に、後宮の新人女官が姿を消す。あの女官は皇帝のお手付きになったとか、殺されたとか、女官たちの噂話は、一晩で後宮中を駆け巡った。

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