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1-13 赤茶

 翌日から、水蓮は会合に再び通い始めた。最初こそ目立っていた水蓮だが、どうやらこの会合でも灰夏への風当たりは強いらしく、次第に水蓮は平穏な生活に戻っていった。会合は七日に一度の頻度で行われる。今回のように何日か続く日もあるし、一日で終わることもある。なにしろ四つの国の王族、貴族が集まるのだから、意見を交わすのも一苦労だった。

 今季は――この五年は、土の国が会合の場として決められていいる。会合を開くとなれば、王族貴族をもてなすために金を使う必要がある。余分な金を持つと、人間は戦争を始める。だから、こうやって持ち回りで会合の場を提供することで、四つの国は戦争を起こすこともなく平和を保ってきたのだ。


「灰夏さまとの婚姻の儀、招待状もらったよ」

「金華さん。来てくれるんですか?」

「もちろん! 宝鈴も行くって。ね?」


 水蓮の隣の席の宝鈴に、金華はにこりと微笑んだ。宝鈴も優しく金華に笑いかけ、この二人の絆は相当強いのだと思い知る。水蓮は今日もひとりでこの会合に赴いている。向こうには灰夏の姿が見える。忙しそうだ。


「でも、土国の現皇帝陛下人が悪いよね。土夏さまの婚姻の儀を同じ日で許すなんて」


 これはどうみても、土夏の当てつけだった。灰夏と土夏、同じ日に同じ場所で婚姻の儀をあげるとなれば、どちらの儀に参列するのか、ある種の権力争いのようなものだった。

 そしてそれは、おおよそ灰夏には不利だった。いまだ灰夏が加護の力を使えないことは、王族の間ではあまりよく思われていないらしい。

 先だって、水蓮の加護の剣を顕現したことは王族たちにも知るところであるはずなのだが、どうにも信じがたいらしく、灰夏はいまだに王族の間では笑いものだ。

 しかし、灰夏の本来の優しさを知る者たちも、少数ながら存在する。宝鈴や金華がそうだった。


「でも、楽しいでしょう? 衣装選び」

「いや、もう大変で」


 毎日反物をよこされて、これはこうとかあっちはどうだとか、特に花尚宮が張り切っている。まるで自分の子供にするように、花尚宮に一切の妥協はない。

 婚姻の儀では、龍の衣を着るのが通例らしいが、お色直しで別の模様も着ることになっている。衣装の数は、権力を表す。だから、最低一回はお色直しを入れてほしいと灰夏に頼まれているのだ。


「婚姻の衣は重いから、一日中着てるの疲れるよ」

「金華さんはもう、婚姻の儀を終わらせたのですか?」

「お、いいね、水蓮。私たちの婚姻の儀の話、聞く?」


 宝鈴が嬉しそうに話し出す。金国のふたりは、本当に見目麗しく、きっと婚姻の衣装も似合っていたのだろうと水蓮は想像する。同時に、自分は婚姻の衣装をうまく着こなせるか不安にもなった。


「衣は龍で、お色直しで黄色の花の書かれた衣も着たんだ。ああ、今思い出しても本当にきれいだったわ」

「やだ、宝鈴ったら」

「で、金華は西洋のどれすも着たのよ」

「へえ、ドレスも。どれも似合ってたんだろうなあ」


 金華はきれいな金色の髪の毛と、はちみつ色の瞳を有する。水蓮から見ても美しく、やはり金国の王族なのだと思わされる。それに比べて、自分のなんと貧相なことか。胸も腰のくびれもない。水蓮は、ドレス姿の金華を想像する。一着目の婚姻の衣装を、宝鈴が紙に書いてくれたが、腰の帯できつく締めた、裾広がりな形は金国特有のものだった。対してドレスは、五行の国の外の文化である。水蓮の故郷である水の国の服に近しいものがあり、自分には土国の衣装よりもドレスの方が似合うのではと思った。


「水蓮は、赤茶色の衣装が似合いそう」


 金華がうっとりした表情で水蓮を見ている。そういえば、灰夏が選んでくれた襦裙も、赤茶色だった。今日の襦裙も小豆色だ。のちのち、新しい襦裙をあつらえると、灰夏は息巻いていたことを思い出す。


「赤茶?」

「うん。灰夏さまが土国の東宮さまだから、赤茶色は特別だし。水蓮が赤茶を選んだら、灰夏さまも喜ぶと思うな」


 けれど、灰夏は瞳は赤茶だが髪は水蓮と同じ白銀だ。きっとそれは、灰夏が土夏と双子だからだ。双子だから、土の特徴も半分ずつで生まれ落ちた。それにしても、白銀は水国の色だというのに。灰夏が白銀を持って生まれたことが、なんだか水蓮を結ぶえにしのようで、水蓮はむずがゆい思いを抱く。


「赤茶、かぁ。確かに、この簪も、赤茶ですもんね」


 水蓮が簪を撫でつける。毎日身に着けているから、だいぶ愛着がわいてきた。そういえば、灰夏は官服はいつも落ち着いた紺や黒だが、必ずどこかに赤茶を入れている気がする。帯や羽織紐に赤茶色を使っていることに気づいた。しかし、灰夏はこうも言った。この簪は、白銀の髪に似合うように作ったと。水蓮は考える。先の会合で、水蓮が水の加護持ちだとばれたのだから、髪を染める必要もないのではないだろうか。いや、しかし、腐ってもこの国の東宮妃だ。死ぬまで赤茶の髪で通そうと改めて決意する。


「私、赤茶の衣装を試着してみようかな」

「だよだよ、あ! 試着したら教えてよ」

「うん。あ、東宮さまのお話が終わったようです。それでは、また」


 帰り支度をして会合を終える。今日の会合は、もうほとんど水蓮と己花の顔見せのようなもので、政治の話は二の次だった。


 水蓮に与えられた月の宮に着くなり、水蓮は花尚宮をつかまえて、


「花尚宮さん。私、婚姻の衣装は赤茶にしようかと思っていて」

「まあ。まあ! 赤茶に?」

「はい。それで、赤茶のものでいろいろ反物を見てみたくて」


 婚姻の衣装にはさまざまな模様があって、吉祥文様をはじめとして、龍や鳳凰など、様々な動植物が描かれる。そのどれもが重厚で、胸に紐を締めて飾りをつるす。水蓮の襦裙と同じ形ではあるが、婚姻の衣装は十枚もの衣を重ねるのだと聞く。どの国でも、婚姻の衣装は豪華だ。水蓮の水国では、何枚ものひだをつけた衣を身にまとい、中にはきつく腰を締め付けてくびれを作る。

 一着目の衣装は、素朴に生成りの白に龍の刺繍のものに決めたが、お色直しでは少し遊び心が欲しいところだ。


「服飾屋がよこしたのは、この四枚です」


 土国らしく、土からできた陶器を刺繍したもの、桜が刺繍されたもの、鶴と亀のもの、炎と花々をあしらったもの。どれも美しかったが、水蓮がいの一番に指さしたのは、陶器ひとつを刺繍したものであった。赤茶の反物に、あずき色の糸で刺しゅうがしてある。日に当たると模様が浮き出るのも、美しいと思った。


「これ。純朴で、色がきれいです」

「はい。赤茶色の生地は光の加減で黒くも白くも見えます。陶器は刺繍でそれは豪華になるかと」


 花尚宮もうれしそうだ。

 しかし、ほかの衣装も気になるのは気になる。水蓮が悩んでいると、月の宮の扉を開ける音がした。水蓮はそちらを見やる。灰夏の姿を見るや、嬉しそうに破顔した。


「水蓮」

「わ! 東宮さま!」


 衣装を見ていた水蓮が、嬉しそうに立ち上がって扉へと走った。まるで子犬のように灰夏を出迎えて、灰夏が水蓮の髪を優しくなでた。今日も赤茶の髪の毛だが、いつか灰夏にだけでも、白銀の美しい髪の毛を見せてほしいと思う。


「今日は疲れただろう?」

「はい。あ、今、婚姻の儀の衣装を見ていて。赤茶色までは絞れたんですけど。東宮さまの意見も聞かせてください」


 水蓮が灰夏の手を引いて歩く。使用人たちが灰夏から荷物を受け取る。灰夏はかわいらしい水蓮に振り回されて、訪問早々に水蓮とともに衣装の案を見る。

 いくつかの衣装案を見て、灰夏がうんうんとうなっている。どの赤茶も捨てがたいが、ことさら目を引くものがあるにはある。しかし、水蓮には、淡い水色も似合うだろうなと思案して、ハタと気づいた。赤茶に絞った、というのは、自分のためではないだろうか。灰夏は土の国の東宮だから、灰夏にちなんだ色を選んでくれたのかもしれない。知ったとたん、灰夏はさらに真剣に反物を見つめる。


「東宮さま、どれがいいと思います?」

「ああ。赤茶で本当にいいのか?」

「はい。赤茶は東宮さまの色ですし。やっぱり私、東宮さまと関係のある色がいいなって」


 やはりそうか。うれしいことを言ってくれる。灰夏はにやけそうなのを我慢して、表情を取り繕って衣装案と反物をにらみ見る。見本品の、赤茶の反物にあずき色の糸で刺しゅうしたものと、赤茶が赤色にだんだんと変化する染めとで頭を悩ませる。


「これ、いや、こちらも捨てがたい」


 最終的に灰夏が指したのは、陶器のみの刺繍の反物だった。


「やっぱり! これすごくいいですよね」

「水蓮、実はもう自分のなかでは決まっていたのでは?」

「いいえ。東宮さまがこちらというのなら、こちらにするつもりでした。でも、同じものをいいと思ってくれてるって、うれしいですね」


 水蓮がへにゃっと笑った。最近水蓮はよく笑うようになった。灰夏は水蓮を抱きしめて、水蓮の頭をポンポンと撫でた。水蓮は灰夏のこれが好きだ。

 灰夏に身を任せ、水蓮はそのまましばらく幸せな時間を堪能する。

 なにがあってもこの人を皇帝にしたい。しなければ。

 水蓮の胸が満たされていく。もう、いらない子供だった頃の水蓮は、いない。

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