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1-12 食事

 水蓮は目を覚ます。そこは灰夏の皇宮で、いつの間にか会合から運ばれてきたようだった。灰夏に迷惑をかけたことを瞬時に悟って、くらくらする頭を押して、水蓮は起き上がる。そのまま辺りを見渡して、灰夏の姿を探した。


「東宮さま!?」

「俺はここだ。それよりも水蓮、七日も寝ていたんだぞ? どれだけ心配したか」


 すぐ隣にいた灰夏が、そ、と水蓮を抱きしめた。七日間。水蓮は、そういえば腹が減っているなとぼんやりとそんなことを考え、笑った。久々に水の加護を使ったせいで、だいぶ体力を使ったようだった。水の加護をあれほどまでに使ったのは、生まれて初めてかもしれない。それくらい、あの時の水蓮は怒りにとらわれていた。それにしても。水蓮は灰夏を見やる。不謹慎かもしれないが、灰夏の料理が恋しくなった。


「水蓮?」

「いえ。この期に及んで、お腹がすいたなと。東宮さまのご飯が食べたい、なんて考えるのは、少し危機感がないですよね」


 灰夏は水蓮の頭を撫ですいた。壊れないように、そっと撫でつけられ、水蓮は灰夏に身をゆだねた。水蓮が目を細める。ようやくなついた猫のようだと、灰夏は思う。


「食事にしようか」

「はい!」


 元気のいい返事が、むずがゆい。今まで誰かに食事を作ったことはあったが、好いた人間に自分の料理を欲されると、ことのほかうれしく、そしてそれは、もどかしさすらはらんでいた。

 

 灰夏が厨に立つと、水蓮もそれについていった。ふたりでやりたい。離れたくない。水蓮のなかで、灰夏の存在が大きくなっていく。

 厨は土間になっていて、ご飯は土鍋で炊くらしい。皇宮には特別に厨が備え付けてあって、それは、灰夏が皇宮を建てる際に、皇帝に願い出た唯一のものだった。


「この土の器具……これがお料理を美味しくしてるのかもしれませんね」

「そんな大層なものではない」


 しかし、普通の土鍋や器とは違い、キラキラしている。五行の国の加護から作られた土を使った食器はおのずと特別なものになる。

 灰夏が白湯ぱいたんをとるあいだ、水蓮は食材を切りそろえた。今日は里芋を茹でたものに、魚の揚げ物、春雨入りの白湯に野菜の和え物だ。


「東宮さまって、ジャンを手作りとは聞いてましたが、甜面醤に豆板醤まで」

「辛いジャンは嫌いか?」

「いえ。食べたことはないですが。でも、甜面醤は好きです」


 甘いそら豆の味噌だ。そら豆を発酵させて、砂糖で甘く味付けて作る。発酵食品は腐敗と紙一重だ。平民は発酵食品を自作するが、後宮ともなれば、一流の職人のものを仕入れている。だが、灰夏は、それすらも自分で作ることが好きだった。発酵食品は面白い。その年の気候や温度で、出来上がりが毎年違ってくるのだ。そう思うと、職人たちは毎年一定の味のジャンを収めるのだから、弟子入りしてみたいと灰夏は思ったほどだった。

 今日の白湯は春雨に、鶏を細く切ったものとねぎを添えた。水蓮は灰夏の料理が楽しみで仕方がなかった。はやる気持ちを抑えて、灰夏の言う通りに材料を切りそろえ、鍋に入れる。


「水蓮は、こんな田舎臭い料理は飽きないか?」

「飽きません! 私、ここの国のご飯大好きです。あ、でも他国の料理が嫌いな訳ではなく」


 言葉少なかった水蓮が、こうやって他愛ない話をするようになったことが嬉しかった。それに、料理にも手慣れている。それは喜ぶべきなのかわからないが、きっと、あの実家で下女のように毎日料理をさせられていたのだろう。しかし、それが今になって灰夏と水蓮を結ぶものになっているのも事実だった。

 灰夏は水蓮を見やる。胃の調子はどうだろうか。七日間寝たきりであったし、そもそもまだこの後宮に引き取られて間もない。実家の扱いを考えれば、すぐにでも普通食を食べさせたいが、今日もご飯は柔らかめに炊こうか。


「東宮さまの小料理屋なら、色んな人が来るでしょうね」

「水蓮もそばに居たら、俺は嬉しい」

「……! 私も、おそばにいられたらと思っていました」


 穏やかな食事が、始まる。

 

 やわめのごお粥が美味しいが、前のように胃もたれして心配を掛けたら本末転倒だ。水蓮は食事の量に気をつけながら、出された半分ほどを平らげた。特に白湯が美味しい。春雨が白湯の汁を吸って、お腹にもいいし、食感も楽しい。水蓮は、白湯の次に魚の揚げ物を少し食べて、野菜の和え物にも箸をつける。どれも優しい味だった。


「残りは明日食べるので」

「水蓮に余り物はやれん。大丈夫だ、これらは使用人たちが食べる」

「いや、残したものを食べさせるわけには」


 しかし、灰夏は引かない。結局食べ残しは下げられて、最後に出された甘い点心の水晶まんじゅうにかじりつく。黒い餡が湯帷子に落ちて、さて、水蓮は首を傾げた。水蓮は襦裙を着ていたはずだが、今は湯帷子を身にまとっている。


「あの、東宮さま」

「なんだ」

「私の衣を着替えさせてくださったのは、もしかして……」


 いくら加護の妃だと言ったって、裸を見られたら恥ずかしくてたまらない。水蓮が身をよじらせる。それに気づいた灰夏がふと笑う。


「大丈夫だ。花尚宮にやらせたからな」

「な、なんだぁ」


 ホッとして、水蓮がお茶を飲んだ。甘くて美味しい。このお茶は、水を変えたらもっとおいしくなるだろうなと思う。水蓮の加護で作り出す、柔らかな水だ。


「それで、水蓮」

「はい」


 最後の一口のまんじゅうを口に入れ、水蓮は灰夏を見た。はくはくと咀嚼しながら、水蓮が灰夏をまじまじと見る。灰夏がおもむろに笑った。


「りすみたいだな」


 頬張ったふくふくの頬を人差し指で突っつかれ、水蓮は赤面するしかできなかった。灰夏が呼んだから、急いで食べたのに。水蓮はふいと灰夏から顔をそらす。


「も、もう! それで、なんです?」


 慌ててまんじゅうを飲み込んで、水蓮は今一度灰夏に問うた。灰夏は未だに笑いながら、


「近々、婚姻の儀を執り行いたい」

「婚姻」

「ああ。そうすることで、より水蓮を守りやすくなる」


 灰夏の言いたいことはわかったが、水蓮は迷いを見せる。本当に自分は相応しいのだろうか。妃になると、承諾した覚えもない。しかし、水蓮にはもう、ここにしか居場所がないのも事実だった。利用するようで気が咎める。


「水蓮?」

「はい、わかりました。しかし」


 水蓮の顔が険しくなる。灰夏は水晶まんじゅうを食べる手を止めて、睡蓮の言葉に耳を傾けた。向かいに座っているのに、灰夏の息が間近に聞こえるようだった。


「私が憐れだから、妃にするのですか?」

「憐れ、とは?」

「私があの家で、虐げられるから」


 水蓮がうつむいた。灰夏はふうと一つ息を吐きだして、立ち上がって水蓮の方へと歩いてくる。隣に立ち、灰夏は水蓮ん髪の毛を撫で梳いた。


「ソナタの髪の毛……一目見たときから、美しいと思っていた」

「それは……」


 染めた髪の毛だ。偽りの、土色。しかし、灰夏がすべてを見透かすように、水蓮の髪の毛から、灰夏がくれた簪を抜き取った。それを水蓮の目の前にかざす。


「この簪は、水蓮。ソナタの髪に似合うと思って選んだ。ソナタのきれいな白銀の髪だ」

「知って、いたのですか」

「ああ。そのうえで。今一度言おう。俺はソナタが好きだ。妃になってくれないか?」


 改めて、面と向かって言われると、水蓮はどう答えるのが正解なのかわからなくなった。わからないのに、水蓮は灰夏の手から、その簪を受け取った。そして結い上げた髪に簪を挿しながら、


「いつか、東宮さまには、本当の私を見ていただきとうございます。妃になります、東宮さま」


 本当の水蓮は、白銀の髪と瞳を有し、癸の加護を持つ。そして、水蓮は父を殺した人間を探している。あの時に見た赤茶色を、水蓮は今もよく覚えている。見間違いだと思いたい。あの色は、まるで。しかし、あの赤茶の人間の髪は、淡い金色だった。金華とはまた違う、淡い金。

 深い思考に陥りかけて、水蓮は灰夏の言葉に現実に引き戻された。いつの間にか灰夏は、向かいの席に戻って、水晶まんじゅうを食べ終えていた。髪は金ではなく白銀だ。


「それで、会合で友人はできたか?」

「……? はい。宝鈴さんと金華さんという方が」


 うむ、と灰夏が頷く。先ほどの水蓮の返事に対する反応が薄く、水蓮は少しだけ不機嫌に灰夏を見た。灰夏がにこりと水蓮に笑みを向ける。


「婚姻の儀に、呼びたい友人がいたら考ておいてくれ。招待状を書く」

「友人……」


 先程は友人だと言ってしまったが、宝鈴と金華を呼んでいいのだろうか。確かに仲良くはなったが、平民の水蓮の婚姻なんて、王族の嘲笑の的にしかならないだろう。とはいえ、水蓮の本来の身分は平民ではない。今はまだ、灰夏にも言えないが。

 水蓮の迷いを見かねた灰夏が、


「ならば、五行の王族みなにに招待状を送ろう。俺の妃との婚姻だからな。盛大にやろう」

「東宮さま!?」

「自慢してやるさ、水蓮、オマエを」


 ふわりと笑う灰夏は、優しさに溢れている。内官や尚宮たちの前では毅然と振る舞うが、水蓮の前ではいつも優しく笑っている。そんな灰夏と婚姻をあげられて、自分は幸せなんだと水蓮はしみじみとするのだった。

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