9 面倒事の始まり
使用人にドナドナされて、馬車に乗り、邸を案内されて辿り着いたのは、ラウロの自室。
初めて入るそこには案の定、青い瞳のエリスもいたのだけれど。…二人の様子はいつもと違っていた。
この二週間の間に何があったのか。
二人とも、げっそり、という言葉がぴったりなくらい痩せて、顔色もかなり悪い。
あの日、幸せそうに街を歩いていた二人はどこに行ったの?という感じだ。
首を傾げながらも、お見舞いにと庭師に急いで切ってもらった花を渡し、メイドに勧められるままに枕元の椅子に腰を下ろす。
「……よく来たな」
頭を枕から離さないまま、ラウロが私を見る。
流感かと思っていたが熱もなさそうだし、この顔色だと、どちらかというと内臓疾患を疑った方が良さそうだ。
「ご病気と伺いましたが……」
「ああ。……いや、違う」
どっちなんだろう?勿体ぶらずにとっとと話して欲しい。
何と返事をしていいものかわからず、黙っていると、相手も黙り。
それどころか、いつもはうるさいエリスまで黙り込み、俯いている。
沈黙が流れる室内。一体いつまで、こんな居心地の悪い時間を過ごすのだろう。
いいかげんうんざりとしてきた時、目を逸らしたままラウロが口を開いた。
「実は……呪いを受けてしまったようなんだ……」
「呪い?」
「ああ、呪いだ」
「……………」
悪いのは内臓じゃなくて、頭だったようね。
「!違う!本当なんだ!信じてくれっ!」
残念な子をみるような目で見ていると、それに気づいたのか、彼は突然上半身を起こし、必死の形相で私に言い立てる。
その時にパジャマの袖から彼の手首が見えた。
「?」
違和感、どころではない。尋常ではない色をしている。
驚いた私が見ていると、それに気づいたのだろう。彼は勢いよく自分のパジャマの袖を肘まで捲りあげた。
「!」
片方の手…利き腕である右手の肘から5センチくらい下。
線を引いたように真横に区切られ、その線より上は普通なのに、線より下は指先に向かって色が変色している。
ちょうど糸みたいな細い紐で、その部分をきつく縛り上げたみたいに。
でも見た感じ、何かが付いているようでもない。
「触れても?」
「ああ、構わない」
許可を得て一本の指先だけでそっと触れるが、何もない。
だとしたら、どうしたらこんな風になるのだろう。というか、放っておくとその内、壊死してしまいそうなのだけれど、そのままでいいのかしら。
疑問のまま彼の顔を覗くと、彼は言いにくそうに、何度も言葉を発しようとしては躊躇い……。それから、思い切ったように口を開いた。
「実は……前回の交流会の翌々日。俺たちはアルベロコリーナにという郊外の村に行ったんだ」
「アルベロコリーナ?」
それは、つい先日、本屋で見た例の本の中に出てきた土地の名前。
「ああ。隣国にいた君は知らないかもしれないが、実はその土地は、こちらでは有名な心霊スポットなんだ」
「そうでしたね」
「知っていたのか?」
「噂程度ですが」
噂と言うか、立ち読みした民話程度の知識しかないけど。
私の返事に彼は一つ頷き、それから重々しい口調で
「実は…夜会の次の日に、そこに行ったんだ」
と、その日にあった事を話しだした。