7 側にいなさい
「言ってなかった?アンブールグラディウス家は、魔導使いの家よ。うちでは術師って呼んでいるけれど。簡単な占いなんかもして、王家に関わることもあるわ。表向きは普通の貴族だけどね」
「はあああああああ?」
なんだそれは。
というかこの世界、魔導ってあったんだ?
この世界に生まれて、早16年。もう少しで17年。そんな事実初めて知った。
だって、そんな魔導が使える人なんて周りにいないし、聞いた事もない。
しかも、占い……。怪しさ爆発なんですが…。
とはいえ、まあ、よく考えればそれもあるかもしれない。
前世だって、洋邦どころか東西南北、古今を問わず、国のトップが占い師と懇意にしているという話はよく聞いたもの。中には呪術を中心にした政治が、おこなわれていた国だってあるんだし。
会社だろうと、国だろうと、トップっていうのは責任が重い上に常に孤独だから、不安を感じる事も多いのだろう。国の大小に関わらず、国の舵を取るというのは、それだけプレッシャーも大きいというのは想像に難くないし、その人たちが、暗闇の中、小さな光というか、何らかの指針を求めても無理はない。
その小さな光を灯すのが、自分の家族…というのは中々複雑だけれども。
「じゃ、じゃあお姉さまやお義父さまも…?」
「父は違うわ。あの方は生まれつき力がないの。でも、商才はあったのよね。だからもともと祖父が興した商会を、さらに大きくすることができたの」
なんでも、元々は優れた魔導士を出す家柄で、古くから影で王家を支えて来ていたらしい。けれど、代が進むにつれ力は薄くなってきていた。そこに生まれたのが、能力のない跡継ぎ。しかも、子供はその子一人しかできなかった。それがお義父さま。
彼が誕生した時に、一族はこう思った。
魔導士としての家柄はここまでか、と。
だけど幸いな事に、義父が自分の父から継いだ事業はトントン拍子に上手く行き、それなりの大きさになった。
「だから生活には困らなかったんだけどね」
そんな時、義父に子供が生まれた。お姉さまだ。
「…皮肉な事に、私には魔導士の素質があったのよ」
だから、今は表向き商会を経営し、裏では術師をしていると。
二足の草鞋を履くってやつね。兼業農家ならぬ、兼業術師。
『魔導士としての裏の顔があるんだ』
何か厨二病の人がいいそうなセリフだけど、お姉さまが言うとカッコいいかも。
それはそうとして。
「占いって、どんな事ができるんですか?」
「星と水を使っているけど、当たるも八卦当たらぬも八卦程度よ。いい事とか悪い事とか、水の面に薄くぼんやり見える程度」
道筋が見える程度って考えればいいのかな?それでも迷える人には、重要な情報なんだろうな。
ふむふむと一人で納得していると、少し困った顔をしたお姉さまが本の表紙を撫でながら、私を見た。
「アンジェは、私がこういう仕事していることに抵抗はない?こんな背徳的ともいえる本も読み、魔導を使うってことに」
問われて「はて?」と考える。何でこんな事をきくのだろうと。
「?正直驚きましたけど、詐欺や犯罪でなければ職業に貴賤はないですし、結局は人に望まれている仕事なんですよね」
というか、今のお姉さまの様子を伺う限り、お姉さま自身が積極的に望んだ仕事ではなさそうだ。多分、周囲から望まれているから、仕方なくやっているのだろう。継ぎたくない家業でも、継がなくてはいけない立場の人も世の中にはいる。
占いや魔導なんて怪しい仕事とは言えなくもないが、お姉さま自身、清廉潔白な方だから、その力を悪事に使う事はないだろう。だったら別に良いんじゃない?
「それに、本は本と言う形になっている以上、書いた方は読んで欲しいでしょうし。売っている本を買って読むのは、読者の自由でしょう?」
「………」
「後、尋常じゃなくお美しく完璧であるお姉さまが、普通じゃない本を読むのって、普通な気がします」
むしろ、この外見と雰囲気で、掃除や料理のライフハック本を読んでいる方が、引くかもしれない。
「……そう考えるんだ」
「あ、すみません。失礼な言い方しちゃって!」
普通じゃないなんて言ってしまったし。この場合、悪い意味で言ったわけではないけど、失礼だったよね。
慌てて訂正しようとする私に、お姉さまは少しの間、珍しくも隙のある呆然とした表情をしていた。けれど……。
「くくく……」
お姉さまが笑いだす。
暫くは声を堪えるように口をおさえて。やがて臨界点を超えたのか、声を出して子供みたいに明るい笑い声を響かせる。
いつもの上品に微笑む顔じゃなく、本当に心から楽しそうな笑顔で。
なにか面白いことをいっただろうか。心当たりはないのだけれど。
戸惑う私にお姉さまは、笑顔のまま言った。
「ああ。本当にいいね、アンジェは。ますます好きになるよ」
「?」
「堪らない。普通じゃない人間が普通じゃない事をするのは、普通なんだ?…なんだその感覚……」
「???」
その後、戸惑う私を置いてきぼりにして、一頻り笑ったお姉さまは、目じりに溜まった涙を指先で拭いた後、何とも言えない柔らかい視線でじっと私を見つめて、告げた。
「これは…可哀相だけど、もう離してあげられないなぁ」
「は?」
「私の側にずっといなさい」
「はあ……」
一緒の家に住んでいるのだから、帰る場所は同じだし、側に居ていいと言うのなら喜んでいるけど……。
できればその顔で、女神のように慈愛たっぷりに微笑むのは止めて欲しい。
照れるというか、目のやり場に困るから。