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6 突然の告白

 昔、アルベロコリーナに盗賊団が現れ、村は焼き払われ、多くの村人が殺された。

 

 しかし、勇敢なる村長の息子が彼等を倒した。


 領主は彼の勇気を褒めたたえ、彼を騎士に取り立てる。


 騎士になった彼は、幾度かの戦いに出征し、その度に軍功を収めた。


 当時はまだ国として統一されておらず、戦は領と領のものだったが、彼のおかげで、少しずつ国として統一されていく。


 やがて民衆の絶大なる人気を得た彼は、自分の主君の座を狙うようになる。そんな時、事件は起こった。


 アルベロコローリ周辺で人が突然死ぬ、という怪異が起き出したのだ。


 人々は口々に言った。


 殺された盗賊の呪いなのではないか。


 別の人はこうも言った。殺された村人の怨霊ではないか、と。


 どちらが正しいかはわからない。


 ただ被害が出た以上、王はすぐに専門家を雇い、怪異を調べる。が、結論が出ない間にも怪異は広がり、やがて被害はアクアフィオーリの中心部にまで及ぶようになる。


 人心を鎮める為、王は騎士を動かし、男もその中に含まれた。


 そしてある夜、男は怪異を鎮めることができた。


 どうやって鎮めることができたのかは、わからない。何故ならその時に怪異から呪いを受け、男も死んでしまったから。男の死にざまは、とても惨たらしいものだったという。


 それだけでなく、累は彼の家族にまで及び……。暫くの後、彼の血は途絶えた。


 以来、怪異は起こらなくなったけれど、呪われた地となってしまったアルベロコローナには、今も誰も近寄らないという。






 ざっと読み終え、最初に持った感想は「なんだ、それ?」だった。


 詳細不明な部分が多すぎて、わけがわからない。


 男がどうやって戦ったのかもそうだけど、怪異の正体も、どんな事をしたのか、何が起こったのかも書いていない。


「まあ、分からないって言ったら、これが本当にあった事なのかどうか自体、わからないんだけど」


 というか、一応ノンフィクションの態をしているが、昔話はあてにならない。


 長い時間の中で、人の口から口に伝えられる時に、話が変質してしまう事はよくある事だから。


 昔話はそれも理解しつつ、読むのが面白い。


 本当にあった事件なのか。


 本当にその土地であった話なのか。


 誰が言いだした話なのか。


 もしかしたら、本質は別にあるのではないか。


 物語自体よりも、むしろそれを考えている時間の方が、面白いと思う。


 この場合この怪異って何だったのだろう?現実的に考えて流行り病のことだろうか?未知の流行り病?


 そんな事を考えていると、すぐそばで、お姉さまの声がした。


「アンジェ?こんな所にいたの?」

「お姉さま」


 振り返ると、お姉さまがいる。その背後に控える護衛が、本らしき包みを持っているところを見ると、すでに買い物を終えているようだ。


 自分では気がつかなかったけれど、約束の時間を過ぎてしまっていたのだろうか。


「ごめんなさい。お待たせしてしまいましたか?」


 急いで謝ると、お姉さまはおっとりと「大丈夫」と告げた。


「遅いなんて事はないわ。今日は目当ての物がすぐに見つかったから、私の方が少し早かっただけ、なんだけど……」

「?どうされました?」


 お姉さまは、一瞬私…というより私の背後に目をやり、少しの沈黙の後、首を横に振った。


「いえ、何でもないわ。それより良さそうな本はあったの?」


 問われて思い出す。まだ何も決めていなかったと。


 でも、何となく今日は買う気分になれなくて。


 私はチラリと恋愛小説の棚を見て、それから小さく肩を竦めた。


「今日は止めておきます。明日はお気に入りの本を、もう一度読み返すことにします」

「そう?私に遠慮せずに、もっと吟味していてもいいのよ?」


 お姉さまはそう言って下さるけど、何かもう、その気になれなくて。自分でも不思議に思いながらも、店を出ることにする。


 その折に、さっき気になっていた事を言ってみた。


 何故、恋愛小説の棚の隣が、ホラー小説なのだろう、と。


 するとお姉さまは事も無げに、それが店主の希望だから、と教えてくれた。


 何でもお姉さまは、この店の店主と知り合いで、私が疑問に思ったことをお姉さまも以前疑問に思い、聞いてみたのだという。それによると。


「萌えの力は、負の力をも凌駕するから、変なものが溜まりにくくなる」


のだそう。


 ようは、ホラー小説の棚の付近には、自然に妙なものが溜まってくる。負のエネルギーのようなそれは、時に店員やお客にまで影響を及ぼしてくることがある。


 萌えの灼熱のエネルギーは、それら負のエネルギーを消滅させるものがあるとか。


「それに気づいた時、店主はこの二つを並べよう、と考えたらしいの」

「はあ…そうなんですね」


 負のエネルギーか。そういえば、怪談話をすると怪異がやってくる、と昔から言われている。それに対するエネルギーが萌えって。


 あー…そうかも。


 呆れ半分だけど、妙に納得する話だわ。


 私だって夢中になっている恋愛小説の続きの巻が出る時は、楽しみすぎて、無駄にエネルギーがみなぎっているのを感じるもの。三日くらいなら眠らなくても大丈夫なくらい。


 そうね。お化けとしての志の小さいものなら、新刊を前にした私たちの狂気に近いパッションに敵うわけがないわ。


 うんうん、と頷きながら、馬車の置いてある所まで歩き、それに乗る。


 お姉さまのご用は他にないので、帰る事になったのだ。


 ぽっくり、ぽっくり、カラカラカラ。馬の蹄と車輪の音を聞きながら、車窓を眺め。それからふと気づく。


 そう言えば、お姉さまと二人で馬車に乗るのは、初めてじゃないかと。


 こんな綺麗な人と密室で二人きり?


 意識すると緊張が押し寄せてくる。


 勿論、家で二人になることはある。たまたま両親が出かけてしまい、二人で食事を摂ったりとか、廊下ですれ違い、挨拶や軽い世間話をしたり。しかしそんな時も、近くにはメイドや給仕をしてくれる人たちがいたから、二人きりということはなかった。


 妙な緊張に飲まれ、少し体を固くさせていると、様子に気付いたお姉さまが視線を車窓から私の方へと向けた。


「?どうしたの?」

「い、いえ」

「?」


 どうしよう。何か緊張感が半端ないのだけれど。馬車の中、さりげにいい匂いだし。


 その緊張感に耐えられず、何か気をそらすものはないかと、視線を馬車の中のあちこちへ飛ばし、一つの袋を見つけた。お姉さまが買った本が入った袋。見つけてすぐにそれを指さす。


「あ、あの。お姉さまは今日何を買ったんですか?」

「…本だけど」


 そうですね。本屋さんに行ったのだもの。本よね。ではなく!


「み、見せていただいても、よろしいですか?」

「?いいけど……」


 そう言って手渡された袋の中に入っていたのは、ハードカバーの重い本が三冊。


『呪いの種類と発動による範囲と効果』

『魔導におけるデハース理論とラウド理論』

『心霊治療と魔導の応用』


 …マニアックだ。内容はまったく理解できないけど、とにかくマニアックなのはわかる。お姉さまの趣味って結構ディープだな。


 前世の世界にいたら、あの印象的な三角が書かれた本とか定期購読していそう。


「…これって理解できるんですか?」


 見せてもらった本を返しながら、コメントに困ったので、取り敢えず質問をしてみる。


 すると、お姉さまはこくりと頷き、とんでもない事を言い出した。


「それは…本職だもの。わかるわよ」

「は?」


「言ってなかった?アンブールグラディウス家は、魔導使いの家よ。うちでは術師って呼んでいるけれど。簡単な占いなんかもして、王家に関わることもあるわ。表向きは普通の貴族だけどね」



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