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30 結婚式は晴れやかに

その後、突然お兄さまになったお姉さまに、邸中が大騒ぎになった。


 涙を堪える者、大きな声で叫び出す者、手を取り合ってダンスを踊りだす者まで現れた。けれど、皆総じて喜んでくれている。


 知らせを聞いた一族の人たちも、次期当主の解放を手放しで喜んだ。


 お義父さまなど、大号泣で息子に戻った娘に抱きつき、鬱陶しくなった息子に叱られるほど。


 喜びに沸きあがり、まさに足が地につかないほど浮かれまくった人々。その騒ぎに乗じて、お兄さまは私との結婚を周囲に承諾させた。……ほぼ無理矢理。


「折角、セシリアに似た娘が出来たのに?それを取り上げるなんて、お前はやっぱり悪魔なのか?お前の性格の悪さは、憑りついている怪異のせいかと思っていたが、お前の本来のものだったのか!」


 話を聞いた時、最初お義父さまは反対した。


 理由は、お兄さまは結婚に向いていない性格だから、絶対に私を不幸にするというもの。これには意外な事に、彼に近ければ近い者ほど、反対の声を上げた。


「血も涙もないサイコパスに、互いを思いやらなければならない結婚のようなものは無理です!」

「気に入らなくなったから、処分するって事もできないんですよ?もう少しお考え下さい」

「お嬢様が可哀そうとか思わないんですか!」


 ………お兄さま、信頼はされているけれど信用のないタイプなのね。


 お兄さまはそういった意見を持つ人々を、一人一人説得し、かなりの時間はかかってしまったけれど、婚約にこぎつけた。


 あ、因みにセシリアは私の母の名前だ。


 そして、結婚を取り付けてからのお兄さまの行動は早かった。


 まず彼は手始めに、私のお祖父さまに連絡を取り、私の籍をお母様のご実家に戻した。


 いくら血が繋がっていないといっても、やはり同じ戸籍では結婚が認められないから。


 突然の事に驚いたお祖父さまだったが、私が今までラウロにされてきた事の詳細を話したところ怒り、婚約に対し「子供同士の諍いだと軽く考えていた」と謝ってくれた。これはラウロの家との今後の関係や、お祖父さまの心情を慮って今まで詳しく伝えていなかった私も悪い。


 謝罪を受け入れた私に、お祖父さまは改めて婚約解消を認めてくれた。


 すでにお兄さまが新しい婚約者として名乗りを上げた事と、お祖父さまが引退後、アンブールグラディウスの邸に近い場所にお祖父さまの邸を用意する、と約束したことも大きい。


 そうして、お祖父さまはそのお話をラウロの家に持って行ったのだが…。


 当初反対されるかと思っていた婚約解消の話は、あっさりと了承された。そう。拍子抜けしたくらいに。


 結局ラウロは、利き腕を失い騎士の道を閉ざされた。


 腕を失った彼からはその後、


「お前本当に、あの日にアルベロコリーナに行ったのか!?」


 と糾弾されたが、同行してくれたお兄さまが〆て下さったので、それ以上の問題にはならなかった。


「アンジェが家に戻ったのは、昼過ぎですよ?その時間からアルベロコリーナまで行けというんですか?行くだけで夜になるのに」


「淑女に夜出歩いて、危険な目に合わせても構わないと。それって、騎士を目指していた男が命じる事ですかねー」


「しかも、ご自分が『怖い』から!『怖い』から女性に行かせる!いや、貴殿は騎士にならなくて正解でしたよ。こんな臆病者に国の大事をまかせられませんからね!」


「アンジェのお陰で、命までは取られなかったというのに、こーんな大口叩くとは!恩義も知らないなんて、騎士としてだけじゃなく、人としてどうなんでしょうね?」


「これは、士官学校のお友達にも、知ってもらわなくてはいけませんよね?いえ、お友達だけでなく、学園長にも知っていただかなくては。こんな臆病者ばかり排出されたんじゃ、国はたまったもんじゃありませんからね!」


 立て板に水というが、お兄さまのそれは鉄砲水だった。


 突然現れ、その美しさだけでもラウロやエリスのみならず周囲までを圧倒したのに、物凄い言葉の水流で全てを飲み込み、濁流となって押し流す。その勢いにラウロは流され、ぐうの音も出せない内に撃沈した。


 さらに、お兄さまは有言実行とばかりに、本当に学園長に抗議したものだから、ラウロは、当初騎士になれなくなった事で、同情してくれていた友人たちからも「自分が怖いからって女性に行かせようとするなんて」とバカにされるようになり、最近では邸に引きこもってばかりだとか。


 騎士が無理なら、早く別の道を見つけなければならないのに。


 軍人一家だった彼の家も、いずれはと予定していたこととはいえ、まさかこんなに早くに、息子が騎士の道を閉ざされるとは考えてもいなかった。


 彼らの計画では、ラウロはこのまま騎士になって、何十年かして彼が騎士を辞めた時。或いは、次か、さらにその次の代辺りから教育を……と考えていたのに。


 だから準備も何もしていなかったけれど、そんな事を言っていられない。


 ラウロも騎士としての将来が閉ざされた以上、時期をぐっと早めて、生活の基盤を軍人から別の職業へとシフトチェンジする必要性が出て来たのだ。


 それには、国際的に名前の知られた、アンブールグラディウスの商会の娘になった私なら利用価値も高いが、一人母の実家に返された私に用はない。もっと条件のいい女性を妻に、ということらしい。


 聞いた時はムカついたが、納得もした。それに、下手に揉めて長引くよりは、さっさとお互い次の道を探した方がいいと思うし。


 もっとも、あの厄介な女のいるラウロなんて、まともな人なら一緒にならないと思うけれど。


 実際、その後も彼が婚約に失敗したという話は何度も聞いたけれど、婚約を結んだと言う話は聞かないし、エリスと結婚したという話も聞かない。ついでに言うなら、エリスにも他にいい人ができた、と言う話は聞かない。


 彼、ないし彼らは一体何がしたいのだろう。どうしたかったのだろう。時々思い出して、首を傾げる時もあるが、答えは必要としない。だって、もう関係のない人だから。


 両者の合意で婚約解消が決まった後、実際は私が邪魔で実家に戻されたわけではなく、お兄さまと結婚する為に一時的に籍を実家に戻しただけと知った彼らとの間で、ひと悶着なかったわけではない。


 彼らとしては、私がアンブールグラディウス家から邪魔者扱いで放逐されたと思っていたのに、実際は溺愛に近い状態で大切にされていたとわかったのだから。


 それならば婚約解消とはいえ、もっといい形で別れる事ができなかったのかと。


 婚約解消の理由の一つにラウロとエリスの関係もあったから、猶更だ。


 本来ならば解消、ではなく破棄、となるところ。破棄にならなかったのは、あくまでこちら側が手っ取り早く縁を切りたかっただけ。


 相手有責にならないまま、すぐに次の婚約が決まる事で社交界の噂が気になったけれど、それは杞憂に終わった。


 あちらの関係者がいい加減な事を言いだす前に、ラウロとエリスの関係や、未来の騎士の資質を疑うような彼の言動や素行がどこからともなく社交界に広がったからだ。その話を聞いた人々は口々に、これは解消されても無理がない。むしろ、まだ若い人たちの将来を考えて『破棄』ではなく『解消』を選んだお祖父さまや侯爵は、素晴らしい人徳者だと言ってくれた。


 お兄さまとのことも、婚約者に貶められて悲しむ義妹を慰めていただけだったが、命にかかわるような無体な相手の要求に、自分が守らねばと思い、それが恋心に変わって……みたいな話になっていた。


 最近では女性の間でそれが噂になり、結構な尾を付け、羽根を付け、自由に飛び立っているときく……。いいのだろうか。


 ともあれ、当初ラウロの両親に糾弾されたらしいラウロとエリスだが、関係は今もって続いているのだとか。凝りていないというか、ある意味あれはあれで真実の愛なのかもしれない。




 そして月日は流れ、流れて3年。


 本日私はお兄さまのお嫁さんになる。


 この日の為に三年間頑張りました!だって、あのお兄さまの隣に立つのよ?相当な度胸がいるってもんなのよ。うん。


 どちらが花嫁かわからない、なんて言われないように、侯爵夫人としての教養やマナーを学ぶ傍ら、ダイエットにエステにと涙ぐましい時間を送って来た。


 お陰様で、胸とお尻は順調に育てる事ができた。顔は…まあ元の顔が顔なので限界はあるけれど、その代わり肌や髪、爪なんかは、日夜侯爵家から来てくれたメイドたちが磨き込んでくれたので、艶々のピッカピカだ。


 この私で式を迎える。


「これ以上は時間の関係上無理だった」


 とお兄さまに伝えたら、彼は眩しい笑顔でこう言った。


「君を見る来客の目を、えぐり取ってしまいたくなるほど綺麗だよ」


 真顔で告げる誉め言葉が怖い。


 本気出したお兄様は、言葉のチョイスがおかしいのだが、そこを指摘するとサンドロやお義父さまなどは


「いや、通常運転だろう」


 という。


「君を10秒以上見つめる男がいたら、必ず息の根を止めてあげるからね」


……今日もお兄さまは絶好調だ。





 時間を迎えて、迎えの馬車に乗り込む為に外に出ると、昨日の夜から降り続いていた雨は、通り過ぎ、空は朝から快晴!その真っ青な空に、大きな虹がかかっていた。


 まるで空が祝福するように……。



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