3 理不尽な婚約
ラウロの従妹というエリスは、私たちと同じ年。
13の年に両親が亡くなり、母親の姉が嫁いだ伯爵家……ラウロの家に引き取られた。
彼女の父は男爵だったらしいが、相続するにも相続税が払えるほどの物はもっていなかった。それ故、爵位は返上。彼女の身分は平民になるのだが、それを憐れんだ伯爵夫人が、夫に申し出て引き取ったという。
可愛くて、甘え上手な彼女と暮らす内にラウロは彼女に惹かれ、以来ずっと二人は一緒にいる。そう、こんなデートの席までも、だ。
それに対して先ほどのように苦言を言えば、馬鹿にしたように返され、さらに婚約者本人からは
「アンジェリーナ、あんまり彼女にキツクあたるなよ。可哀相だろう?」
という返事が返る。いや、彼女に対してのみ苦言をいったのではない。貴方にも言ったのだ。どこの世界に、デートに毎回従妹を連れて来る男がいるのよ。この場合、庇うよりも先に貴方が頭を下げ反省しろ。
「エリスは、君みたいに強い子じゃないんだよ?体も弱いし。学校にも通えないくらいなんだから」
「………」
学校に通えないのは、身分のせいですよね。
伯爵夫妻は何故か、彼女を引き取っても養女にはしなかった。だから彼女の身分は平民のまま。そして学園に通う事ができるのは、貴族か、平民ならば余程の理由…例えば抜きんでて優秀とか、がある者しかいない。
つまり、貴族でもなく、頭も普通なエリスには、入学許可はどうしたって下りない。
だが何をどう言っても、ラウロの頭の中で彼女は、病弱でか弱い、守ってあげなければならない相手。
こうして彼女を間にしての言い争いになれば、悪いのは全て私になってしまう。
以前はそれなりに「いいな」と思えた相手でも、こうも一事が万事、他の女性が優先となれば気持ちも冷める。というか、仮令結婚したとしても、妻よりも従妹を優先させる夫との生活なんて、誰が送りたいと思うだろう。
本当はこんな男、さっさと婚約解消して、縁を叩き切ってやりたい。思っているだけでなく、一応婚約破棄したいと何度も母や祖父に訴えてもいる。けれど、なかなか上手くいかない。
ラウロ本人も、ラウロの両親も、私よりも綺麗で可愛いエリスを気に入っている。それは今までの態度でも明らかだ。だったら、あっさり婚約解消を認めてくれればいい。そうなれば、八方丸く収まって、めでたし、めでたしだと思う。だが、それが互いに最善の結論だとしても、親には親の事情というものがあるらしい。
ラウロの家であるケラヴィス家は、代々騎士を務めて来た。ラウロ自身もそれを目指している。だが昨今、騎士と言うのは微妙な立場にいる。
というのも、戦争が少ないのだ。
戦争というのはマイナスばかり。戦費、戦死者、土地の荒廃。いいことなど何もない。確実に勝てるとわかっているのならともかく、そうでないリスクもある。
だから、最近の権力者は、戦いよりも話し合いを好むようになってきた。戦争よりも外交。
騎士はその割を食った形になる。
おまけに戦い方も変わってきている。昔のように馬に跨り、槍や剣で直接やり合う時代ではない。完全にないとは言わないが、拳銃や大砲などの飛び道具が発達してきているので、そちらが主流になりつつある。
そんな時流の中、騎士の家の中には没落する家もちらほら見え出した。彼らは剣の腕はあっても、商売というものを苦手としている。代々武術しかやってこなかったのだから、そもそもノウハウがないのだろう。仕方ないといえば、仕方ない。
で、何が言いたいのかといえば、ラウロの家も傾いてきているといことだ。
まだすぐにどうこう、というわけではないが、余力の有る内に立て直して置きたい。それで、商業に明るいお祖父さまと手を組もうとしたのだろう。その為の婚約。その上、最近は私の母が侯爵と交際を始めた。どうやら再婚間違いなしらしい。相手は近隣諸国にも名が知れたお金持ち。…後は察してほしい。
相手としては、このままエリスを自分たちの側に置き、可愛がり、尚且つ私を妻に迎えて実家から金を引っ張って来させる…なドリームだろうが、そのドリームに付き合う理由が私にはない。
うんざりとした目で見ていると、目の前のラウロが「そういえば」と口を開いた。
「明日のリーツィル家のパーティーなんだけどさ、エリスと行くことにしたから」
「え?」
「いいだろう、別に」
悪びれない態度のラウロに、思わず眉が寄る。
「リーツィルの夜会って、マリアベラ様の結婚発表でしょう?」
リーツィル家のマリアベラ様は、学校でも親しくしてくれていた令嬢の一人。こちらの学園に編入してすぐ、親しくなり、短い間だったけれど、本当に良くしていただいた方。
彼女はもう少ししたら、私と入れ違うように結婚で隣国へ行く。結婚式はそちらで行われるので、その前にこちらの国でお披露目の会をするのだそうだ。
本来なら直接私に招待状が届くのだけれど、今回は婚約者の顔を立ててラウロに送られたというだけなのに。
遠方に嫁ぐ友人の結婚を祝い、旅立ちを惜しみ、旦那様を紹介してもらう大事な機会。それを、なんでこの女に奪われなければならないのか。
「前から約束していたでしょう?」
「ああ。でもエリスが行きたいっていうからさ」
「エリス様は、マリアベラ様とはお会いしたことすらないはずよ?」
だっていくら伯爵家に世話になっていても、身分は平民だから。学園にも通っていないし、お茶会にだって呼ばれない。そんなのだから、知り合う機会はなかったはずだ。
「酷いわ!また身分で私を下に見るのですね!」
「そうじゃなくて。何で関係のない貴方が行くのか、ってことよ」
身分がどうであれ、親しい人を集めての結婚の報告の為の会なのだ。関係のない者が行ってどうするというのだ。
だが、ラウロの意見は違ったらしい。
「そこまで言わなくてもいいじゃないか。エリスは学校にも行っていないから、ずっと家で一人きりなんだぞ?たまには息抜きくらいしたいだろう。大体、これはもう決まったことだから」
「…決まった事?」
「ああ、決まった事だ」
「………」
いつもそうだ。自分の意見だけを押し通し、私がそれに従うのを当然と思っている。
そうしておいて、もうこれで話は終わり、という態度を取り、ラウロは残っていたコーヒーを飲み干す。そして、カップを置いて告げた。
「で、ちょっと早いけど解散しないか?」
「…………」
またか。
交流会と言う名のデートだが、いつもこんな風にお茶をして終わり。しかもコーヒー一杯を飲む間の時間のみ。
家には何と言っているのか知らないが、この後は解散して彼はエリスと行動する。
「明日の為にエリスに色々買ってやりたいしさ。付き合ってくれてもいいけど、君には退屈な時間だろうし」
「そうですよねー。人の買い物に付き合うなんて、飽きちゃいますよねー」
「………」
飽きるか飽きないかなんて、実際行ってみなきゃわからないじゃない。勝手に決めつけないでよ。そう思うけど、二人について行ったとしても無視されて、ただひたすら彼らがイチャイチャしているところを見ているだけ、という事になるのは経験済みだ。
黙り込んだ私に、承諾したと理解したラウロがホッと息を吐き、エリスに笑いかける。
「エリス、帰りにライアスの店に寄らないか?」
「あー。いつものお酒ね。ラウロってば、あれ好きだよねー。いつもあれだもん……って、ごめんなさい。またアンジェリーナ様にわからないお話しちゃって」
ごめんなさい、と謝りつつも顔はにやけている。そんな彼女の肩を抱き、ラウロは彼女に退席を促した。
「さ、決まったなら行こう。時間なくなっちゃうしさ。アンジェリーナ、悪いな。先に行くから」
「あ…」
言うが早いか、彼らは立ち上がり店から出て行く。
その背を見送り、私は肩を落とした。
どうしてこんな事になったのか。
まあ、せめてここの料金が注文時の前払いで、彼らの分までお金を払わずに済んだだけでも良かったと思おう。
けれど……。
昔は会う頻度は今以上に少なかったけれど、それでも会う時は私を優先してくれた。昔を思う度、今のラウロの変わり様にため息が零れてしまう。
「人間、やっぱり見た目が重要なのかしら」
店を出て行った彼らが、窓の向こうの通りを歩いていくのが見える。
ラウロがエリスの肩を抱いて歩く様子は、どこからどう見ても仲睦まじい恋人たちにしかみえない。
「そこまで好きなわけじゃないけど…やっぱり傷つくなぁ」
そこまで好きじゃない。これは本心。小さい頃はそれなりに好きだったけれど、今は無理。それでも傷つくのは、多分彼が好きとか嫌いとかではなく、もっと別の部分。例えば女性としてとかの。
下ろした自分の毛先を見つめ、もう一度ため息を零す。
平凡ではないけれど、さほど綺麗とはいえない色の髪。
赤毛の女は魔女、と言われているくらい人に嫌われる色。そこまでではないけれど、やはりあまりいい色とは思えない。
例えば、私の髪がエリスのような綺麗な金色をしていたら?私の瞳が彼女のような青い色をしていたら?顔立ちが彼女みたいに、男の人の庇護をそそるような甘い顔立ちだったら?
そんな事を考え、苦笑をもらす。
何か変わっただろうか?
変わったかもしれないし、変わらなかったかもしれない。
ラウロは今、私の目の前にいたかもしれないし、やっぱりエリスと出て行ったのかもしれない。
わからない。ただ、私は彼女ではないし、彼女のようにはなれない。
だから…彼に選んでもらえなかった。同じ女性として、彼女は選ばれ、私は選ばれなかった。…認めたくないけれど。
女として、それが悔しいというか、寂しいと言うか。
「複雑だわー」
もっとも今更、彼に選ばれても微妙なのにね。
彼の本質がわかった今、どちらかというと「わー…無理だわー」なんだけど。
「でも、感傷的になっちゃうのよね」
女心は難しい。
心の中でそう呟き、もう一度何気なく窓の外を眺める。
すると通りを挟んだ向こう側、先程二人が通り過ぎた店の前に、女神の姿を認めてしまった。




