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20 書店の店主2

 一通り、今回のラウロ達の事を話し終えると、サンドロは呆れたため息を吐き、一人がけのソファに背を預ける。


「つまり、そのおバカさんたちの尻拭いってわけ?お前が?クラウディアが?冗談みたいな話だな」

「アンジェが見捨てられないって言うんだから、仕方ないでしょう?」

「うわっ、本当に大事にしてるんだな」


 大げさに驚いて見せた彼は、すぐに笑い、私の顔を覗き込む。そうして目尻を下げて、孫を見るお爺ちゃんみたいな顔で微笑んだ。


「まあ、無理もないか。可愛いもんな」

「あ、いえ。そんなに気をつかっていただかなくても大丈夫ですよ?」


 お姉さまの義妹ということで、気を使わせてしまったけれど、自分の容姿がどうかというのは、自分が一番良く知っている。


 幼い頃からの婚約者一人繋ぎとめる事ができなかった、地味で平凡な容姿。


 気を使ってくれた彼にはありがたいけれど、却って申し訳ない気持ちの方が強くなって、体が自然に縮こまってしまう。


 そんな私を、彼は目を丸くして不思議そうに眺めた


「何で?あんた本当に可愛いけど。見た目も俺の好みだし、クラウディアみたいにお腹の中が真っ黒けじゃないし」


 お姉さまのお腹が?


「お優しいお姉さまが、真っ黒けなわけないと思いますが……」

「いや、多分それ言えるの、この世の中であんただけだから」

「?」


 きっぱりと言い切ったサンドロに、頭の中が?マークで一杯になる。


 そんなかみ合っているのか、いないのかわからない会話をしていると、お姉さまが手を一つ叩いて、逸れていた話を戻す。


「アンジェが可愛いのなんて、当たり前でしょう?私のものなのだから、顔を近づけないでもらえる?」

「はいはい」

「それよりも、話したでしょう?とっとと、アルベロコリーナについての情報を教えて頂戴」


 そう。今回ここへ来たのは、情報収集の為。


 他国で育った私は勿論、仕事柄、こういう話に詳しいお姉さまでも、アルベロコリーナについては伝聞の部分が多く、実際何があったのかというのはよくわからないらしい。


 ラウロ達の言う怪異も、わからないままでは対処しようがない。確実にこれだ、とわからなくてもいいが、ある程度の予測は付けておきたい。


「情報かぁ」


 お姉さまが選んだのは、目の前にいるこのサンドロだった。


 本に新聞、新しい論文やゴシップまで、およそ文字と言う文字の集まる場所。その主たる彼なら何か知っているのではないか、という説明だったけれど、どうやら彼には私の知らない何か別の顔があるのだろう。


 君子危うきに近寄らず。その裏の顔を知りたいと思わないでもないけれど、無理に藪の中に顔を突っ込むこともない。そう考え、表面上は知らぬ顔をする。


 そんな私の目の前で、お姉さまとサンドロは互いの様子を探りながら話を進める。


「それなりに話の数は多いのよ。でも正直あやふやな話ばかりなのよね」

「ああ…まあそうだろうな。俺にもわからないし」

 彼は自分の頭を掻き、天を仰ぐ。


「そうなの?」

「ああ」


 お姉さまの訝し気な声に、サンドロが頷く。


 彼が言うには、アルベロコリーナの怪談の元になった事件があったことは、間違いないらしい。


 ただ、彼にもその詳細はわからない、と。


「話の元になった事件は、今から四百年ほど前の事だ」


 アルベロコリーナで村人が殺され、村は焼かれた。一夜にして一つ村がなくなったのだ。記録にも残っている。ただ原因はわからない。盗賊と言われているが、資料には残っていないのでわからない。


 その後で村長の息子が騎士になった。これも不明だ。騎士になったと言う話と、徴税人になったという話があって、どちらとも言えないらしい。或いは、そのどちらでもない可能性もある。


 そして問題の怪異は……。


「これが、さっぱりわからないんだ」


 ある人は影に見張られているといい、ある人は夢の中で化け物に会うといい、首を絞められたと言う人もいれば、何もなく突然亡くなった人もいるらしい。


 呪いと言うのなら、何かの繋がりがあるかと思って調べても、亡くなった人たちに一見繋がりはなさそうにみえる。


「今では流行り病が見せる幻覚だったんじゃないか、って言われているけどな」


 ただ流行り病にしても、それぞれに共通点がみつからない。犠牲者は、年齢も仕事も生活圏すら離れていたりするから。


「ま、それが何であれ、現実の自分たちの生活に影響がないなら、ただのお話だよな」


 だから、今更深く掘り下げる者はいない。お話はお話のまま。矛盾も作り話も真実もごちゃまぜになって、郷土の怖い話で終わるだけ。


「以上だ」


 サンドロの話を聞いて、お姉さまは暫し難しい顔をしていた。


 四百年も前の話だ。はっきりしたことがわからなくても無理はない。


「それだけはっきりわからないって事は、この四百年の間には何もなかったってこと?」


 何もなかったから、情報が四百年のものしかないのか。


 そう尋ねたお姉さまに、サンドロは目を上に向けて、それから「何もなかったわけではない」と告げた。


「何もなかったら、怪談にすらならないからな。風化して終わりだ。話も残らない。残っているからには何かはあったんだと思うよ。四百年の間に一度や二度は」


 ただ…と彼と続ける。


「なんていうか、本当にそれが怪異だったかどうかはわからないんだよな。そういう事が昔あったから…っていう思い込みで、見たのかもしれないし」


 一人が見たというと、残りの人も見た『気』になると言う奴かしら?集団催眠みたいなものね。サンドロの見解に、お姉さまが息を吐く。


「はっきりしたことはわからない、って事ね」

「そうだな」


 何しろ四百年だ。その間にあったすべての事を、検証できるわけではない。


 噂は沢山あるけれど、真実がどうだったのか、残された資料があまりにも少ない上、あやふやな部分ばかりときては、判断のしようがない。


「……それなら当事者に聞くしかないかしら?」


 難しい顔で何かを考えていたお姉さまは、ややあって、サンドロの顔を見る。


「マジかよ…四百年前だぜ?」

「文句言わない」

「……へーい」


 返事をしたサンドロは、渋面を作りながらソファから立ち上がる。そのまま部屋の真ん中、ちょうど何もない空間に立つと一度パンっと音を立てて両手を合わせ、小声で何かを唱えだす。


 すると。


 彼の声に合わせるように、床に最初に現れたのは白い煙のようなもの。それらは意思があるもののように動き、やがて青白く輝くくっきりとした線になり、魔法陣(?)のようなものを形作っていく。


 何重もの円が描かれ、中に模様らしきものが書かれ……。


 その間どのくらいの時間が経ったのかはわからない。それなりに長かったような気もするし、あっという間だったようにも思える。それほど、初めて目にする不思議な現象を、夢中になって見てしまっていた。


 やがてその動きが止まった時、床からすっと魔法陣と同じ、青白い光に包まれた一人の男が現れた。



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