2 悩み事は他にある
新しくできたお兄様が、実はお姉さまだった。
人によっては、ある意味衝撃的な事なのかもしれないが、受け入れてしまえば日々はただの日常になる。
とはいえ、この世界にも偏見とかは勿論ある。宗教的なものだったり、単に個人の嗜好だったりと理由は様々だが、心広く何でも受け止める土壌はない。弾圧とまではいかないが、嫌がらせや罵倒などは、ままあるし、偏見からの差別もある。
前世、日本で生きていた時も、そう言う話は耳に入っていたが、まだあちらの方が寛容だったかもしれない。そのくらい、こちらは旧体制然としている。
けれど家族にとっては、お兄様がお姉さまでも問題はない。家族は家族。そのまま、素のまま、ありのまま。どんなお姉さまでもどーんと受け止めるのが家族ってものよ。
まあ、そうでなくても、本当にこのお姉さまはお優しいのだ。
忙しい侯爵様は、邸にいる時間も少ない。勿論、侯爵様も気遣ってはくれているが、彼がいない時は、お姉さまが私やお母様にいつも気遣って下さる。
「困った事があるなら言ってね?」
「手助けできることがあったら、遠慮なく私を呼んでね?」
お仕事の関係で、家の中でもあまり会う事のない彼女だが、それでも顔を合わせれば、女神のような笑顔で声をかけてくれる。
そのお陰か、私たちは短時間で邸に馴染み、使用人たちからも丁寧に扱われている。
こんなにお優しい方に、性別なんて関係ないわ。というか、性別なんて超越している存在なのよ、お姉さまは。思わず「ありがたや」と手を合わせてしまう毎日。
お母様も、お姉さまの優しさにいつも感謝しているって言っていたし。
もし、こんな方を悪く言う奴がいたら、私が前面に出てやるわ。…腕っぷしには自信がないけど、精一杯頑張れるよう、常に爪は磨いている。
というわけで、今現在、私の頭を悩ませている問題事は、お姉さまの性別でも新しい家族間の問題でもなかったりする。その問題事とは……。
カチャカチャと、小さく食器同士が触れ合う音。
照明を少し落とした店内に満ちる紅茶や、つい最近になって外国から入って来たというコーヒーのいい香り。
さざ波のような人々の小さな談笑。陳列ケースに並ぶ、色とりどりの菓子。
本来なら、心地いい時間を過ごせる場所。実際、私もカフェよりも喫茶店派だったから、ここはお気に入りの店なんだけど。
「ラウロ、これ凄く美味しいわよ!あーん」
お菓子よりも甘い声が、隣に座る男性に向けられる。その声に、男性は当たり前みたいに口を開ける。
「うん、美味しいね。テイクアウトでもしていくかい?夜、一緒に部屋で食べよう?」
「嬉しい!でしたら焼き菓子も少し買っていかない?」
「いいね」
目の前の男は、側を歩く店員を呼び止め、テイクアウトとして数点の菓子を包んでもらう。
ラウロ・ケラヴィス。学園ではなく、騎士を目指す人ばかりの士官学校に通う、言わば騎士見習いみたいなものだ。
年の割にはがっしりした体格と長身。濃い茶色の髪に、同じ色の瞳を持つ男で年は私と同じ、16歳。顔立ちは…まあいい方だと思う。以前は断然カッコいいと思っていたけど。お姉さまの男女の基準を超越してしまった美貌を知ってしまえば、鼻をほじりながら「ふーん」と言えるレベル。
「じゃあ今夜も、ラウロの部屋に行くわねっ!」
それで言うと、そのラウロの腕に引っ付いている女も同じだ。
蜂蜜色の金色の髪に、青い瞳。エリスというらしいが、名前を聞く度に、前世で母が歌っていた歌を思い出す。
彼女も少し前までは「綺麗な子だな」と思い、一人落ち込んでいたことがあった。
けれど今はその落ち込みが、半分くらいになっている。……それでも半分は落ち込んでいるんだけど。でも、落ち込んでばかりはいられない。
「はーっ、エリス様、またラウロ様に引っ付いていらっしゃるのね。ここはお店の中で人目もあるんですよ?少しは『はしたない』、と言う言葉を覚えたらいかがです?」
言って注意しなければ、私までお仲間と思われるだろうから。
若い異性が公共の場でべったりとくっついているのは、前世以上にこの国では良くみてもらえない…どころか婚約者や夫婦以外は、タブーみたいなところがあるのに。
それもまあ、私に見せつけるためだけに、やっているんでしょうけど。
毎度の事なので、怒ってはいないけれど、それ以上に呆れてはいる。本当に、こういう人たちって、頭の中に何が入っているんだろう。
私のため息に、エリスの我が意を得たりとばかりに瞳が輝き、彼女は自分の頭をラウロの肩にコテン、と乗せた。
「ええー、アンジェリーナ様厳しいぃ」
舌っ足らずな甘い声。苦言を聞きながらも、その声はどこか楽しそうで、相手を馬鹿にした響きを含んでいる。
「厳しいのではなく、常識を語っているんです。というか、何で貴方、毎回付いてきているの?今がどういう時かわかっているんでしょう?婚約者同士、交流を深めるための時間ですよ?」
別名デートともいう。
16で婚約者がいるというと、前世では驚かれると思うが、こちらの結婚は早いし、貴族ともあって恋愛結婚事態が稀だ。
婚約だけなら子供の頃に済ませました、という人たちも珍しくない。
かくいう私もその一人なのだが、問題はその相手だ。
「いいじゃないか。エリスは妹みたいなもので、私たちの家族だ。婚前に、家族同士の交流をしているだけだろう?」
いや、貴女にとってはどうか分かりませんが、私にとっては家族どころか、真っ赤な他人ですけど。
大体、そんな交流があるか!と怒鳴りつけてやりたいような事を、しゃあしゃあと言ってくるのが、母方の祖父が適当に決めた男。それがこのラウロ。
何でも、私の祖父は母が嫁に行き、夫を亡くしても隣国で生活していることを、とても寂しく思っていたとか。
それで、孫の私をこちらの国の男性に娶らせば、母も孫も戻ってきて、おじいちゃんハッピーと思ったらしく、年齢と領地が近いという理由だけで、この男と婚約させたのだ。領地が近ければ、里帰りもしやすくなる。上手くいけば、ひ孫の顔も頻繁にみる事ができて、ますますじいちゃんハッピーと言ったところだろう。
婚約が決まったのは10歳の時だったけれど、それでもまあ、顔だけは良かったし私も文句はなかった。
時々母の里帰りについて来て、その折にお茶をする程度だったけれど、彼の方も好印象だったらしく、比較的上手くやっていたし。……上手くいかなくなったのは、目の前の女が現れてからだ。