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19 書店の店主

「で、何故ここにいるのですか?」


 あれからすぐに外出の支度をして邸を出たので、てっきりラウロの所に向かうのかと思えば、辿り着いたのは先日やって来た本屋さんだった。


 夕飯も食べた後なので、時刻はもう遅い。深更とまでは行かないが、前世ならば余裕で補導されている時間だ。


 本当にラウロの命の灯が、消えるまでに間に合うだろうか。


 そんな不安を抱きつつ、本屋の裏口で馬車を下りる。すると、訪問が判っていたかのように裏口の扉が開いた。


「お待ちしておりました」


 現れたのは、お仕着せの燕尾服を着た初老の男性。


 彼は慣れた様子でお姉さまを迎え、次いで私に視線を移した。


 無機質な灰色の瞳が、底に警戒を孕んでこちらを見る。


「新しく妹になったの。アンジェリーナよ」


 お姉さまが紹介すると、彼は瞳から警戒の色を溶かし、薄く皺の浮かんだ口元に上品な笑みを浮かべ頭を下げる

「ようこそ、アンジェリーナ様」

「ハジメマシテ」


 ぎこちなく挨拶をした後、彼は私たちを中に入れてくれると、扉を閉め、片手に持っていたランプをお姉さまに手渡した。どうやら案内はしてくれないようだ。


 ホールには灯りがなかったので、お姉さまが先へと動けば、すっと後ろに下がった彼の姿は闇に溶ける。


 「ごゆっくり」


 その声も闇の中からして、闇の中に消えて行った。


 声の余韻を追って振り返るも、気配すら感じられない。 


 不思議に思ってさらに目を凝らそうとした時、お姉さまが私の名を呼んだ。


「アンジェ?こちらよ?」


 慌てて見れば、お姉さまはすでに階段を二、三段上っている。待ってくれている彼女の元に急いで駆けつけると、彼女は一度ランプを上に掲げた。


 踊り場とフロア、それらを繋ぐ手すりと階段が作る四角の空間。上へ上へと伸びる毎にその四角は狭くなり、闇の中へと続いていく。


 一体何階あるのだろう?


「六階よ」

「!」


 まるで私の心の声を読んだように、お姉さまが応える。


「六階?もっと高いかと思いました」

「暗いからそう見えるのね」


 暗いから遠近感がおかしく見える、ということだろうか。


 不思議に思っていると、お姉さまは上に掲げていたランプを下に下げ、光源を私の前に移した。


「足元、気をつけてね」

「あ、はい」


 反射的に頷き、それから、はたと思いつく。これではお姉さまが灯り持ちになってしまう。そんな罰当たりな真似は、さすがにできない。


「お姉さま、私が持って先に上りますから」


 慌ててランプを奪おうとすると、彼女は首を振る。


「私は慣れているから大丈夫。それより、アンジェが階段を踏み外したら大変だから」


 彼女はそう言って、私の足元を照らしながら、先に立って上りだす。


 歩く度に揺れる光が、壁に私たちの影を大きく、小さく不安定に描く。時折見るともなしにそれを見ながら登っていくと、幼い頃に見た悪夢を思い出す。意味もなく、ただ不安な気持ちだけを残す夢。


 足元の階段は、同じ高さで繰り返し続き、通り過ぎれば闇へと戻る。見下ろした階段も闇の中。


 少し上っては折り返し。また少し上っては折り返し。


 今が何階なのか、ぼんやりとそんな事を考え出した頃、階段が途切れ、そこでようやく最上階へとたどり着いた事を知った。


「着いたわ」


 息も乱れていない、いつも通りの落ち着いたお姉さまの声。それが余計に現実感を失わせる。


 ぼんやりとしたまま周囲を見回せば、フロアには?時型の短いホールとも廊下ともいえる空間があり、後は壁。そして扉は一つ。どうやらこのフロアには部屋が一つしかないようだ。


「………」


 階段を上っていた時の、ふわふわとした気分が抜けないまま、その扉を見ていると、お姉さまが少し屈んで私の顔を覗き込む。


「どうしたの?さっきから口数が少ないけど。婚約者の事が心配?」

「え?あ、いえ」


 不意にラウロの事を問われ、夢から覚めたみたいに頭の中がクリアになる。


 そうだった。ラウロに頼まれた面倒事の為に、ここに来たのだった。

 目的すら忘れていた事に、自分のことながら驚いてしまう。


 そんな私の反応に、自分の言った事が図星だったと勘違いしたお姉さまが、目の前でひらひらと手を振った。


「大丈夫。さっきは冗談で今夜、なんていったけど、ああいうタイプは早々にはやらないから」


 やらない。何を?怖い漢字が当てはまりそうなんですけど。もう一つだったとしても、ある意味怖い。


 というか、この場所の不思議さに気を取られていて、ラウロ達の問題をすっかり忘れていたなんて、婚約者としてはかなり薄情よね。


 私が内心で反省しているのも知らず、お姉さまは続ける。


「ああいうのはね。しつこいというか、ねちっこいのよ。ゆっくりゆっくり時間をかけて、精神的に追い詰めていくものだから。最初の時の子は、よほど思う所があったのね。四肢が無くなっていく時間が、通常よりも早すぎるわ」

「早すぎる…ですか?」


 二週間で両腕と片足。それでも早すぎるのだろうか。


「ええ。本来ならもっと時間がかかってもいいはず。…とはいえ、今はターゲットが増えたから、手間も暇もかかるでしょう?だから、例え今夜現れたとしても、せいぜい腕一本持っていくだけよ?」

「十分大丈夫ではなさそうですが」


 それにラウロは腕一本かもしれないが、その友人とかやらは、かなり危ない状況なのでは?


 そう尋ねると、お姉さまはまったく興味もなさそうに「そう?」と小首を傾げ、それからこの階に一つだけある扉に手をかけ、開けた。


 廊下同様に暗い室内。それでもワンフロア使っているだけに、結構な広さがあるようだ。


「……毎度言っているけどさー、訪問する時間を考えてよねー」


 暗い空間に間延びした声がし、やがて部屋の奥にポツンとランプが灯る。


 光源が小さいからよく見えないが、声からすると、若い男の人のよう。


「いつ来たっていっしょでしょう?どうせ本を読んでいるか、寝てるしかないんだから」


 お姉さまは遠慮のない様子で部屋の中に入り、一度パンっと手を合わせる。それと同時に室内の照明という照明に灯りが灯った。


 凄い。魔法みたい。


 吃驚して目を丸くしている私を他所に、お姉さまは、つかつかと机の方へ歩いていく。


「久しぶりサンドロ」

「こんなに早く再会するとは思わなかったなー。夜でも綺麗だね、クラウディア」

「心の全くこもっていない賛辞をありがとう」

「だって、君、僕の好みじゃないから」


 親しいのだろう。親しいと思う。お互いの態度から言っても。少なくとも、普段感情をあまり表さない完璧淑女なお姉さまが、ツンツンした態度を隠しもせずに見せる程度には親しいのだと思う。


 そう考えていると、お姉さまの肩越しにこちらを見たその方と、目が合ってしまった。


 お姉さまよりと同じくらいの背丈だけど、やせ形で姿勢が少し悪い。


 この国ではよく見かける黒い髪は、肩にかかるほどの長さで、前世でいうウルフみたいな感じ。くせ毛なのか、あっちこっちにツンツンと撥ねている。切れ長の瞳の色は紅茶色。端正だけど、華やかなお顔のお姉さまとは趣の違う、すっとした、どこか冷たさを感じる顔立ちに銀縁眼鏡。


 顔立ちの割には、親しみやすい笑顔を浮かべた彼は、私を見てにこっと笑うと、目の前にいるお姉さまに視線を向けた。


「あれ?誰?」

「あ……」


 自己紹介しようと口を開けると、すぐにお姉さまが彼の視線を自身の体で遮った。


「勝手に見ないで頂戴。減るから。後、声もかけないでね」

「うわっ!何それ、感じ悪ぅ。って、あー…もしかして、噂に聞いた義妹?組織の中で、すげー話題になってる」


 組織?組織とはなんぞや?


「珍しくあんたが囲い込むみたいに可愛がっているって。聞いた時は、皆転げ回って『あいつに感情があるなんて嘘だー!』って言っていたけど」


 ひゃひゃひゃ、と笑う彼に、お姉さまが珍しく渋面を作る。そんな彼に意見をしようと、私は小さく片手を上げた。


「……お姉さまはお優しいですよ?」


 組織とか、そういうのはわからないけれど、取り敢えず酷い誤解があるようだから、一言言っておこう。


「!」


 サンドロと呼ばれた男の人は、私の言葉に一瞬息を飲み、次いで夜に相応しくない大きな声で笑いだした。


「?」


 何がおかしいのだろう?本当の事を言っただけなのだけど。


 首を傾げていると、こちらを振り返ったお姉さまの見開いた瞳と視線があう。


「お姉さま?」


 何をそんなに驚く事があったのだろう。


 益々わからなくて、困っていると、ようやく笑いを治めたサンドロが感心したように告げた。


「確かに。お前じゃなくても、これは離せんよなー。可愛いなー」


 そんな彼を、お姉さまが睨む。


「だから勝手に見ないでくださる?」

「見るくらいいいじゃない。減るもんじゃなし。わー、可愛いってあれ?」

「?」

「この子何か普通じゃなくない?」

「!」


 サンドロは私を見て一度嬉しそうに笑い、それからすぐに不思議そうな顔になると、お姉さまの方を見る。


「魂の輝きが普通と違うっていうか……。そうだね。亡くなった人とも違うし」

「……アンジェは、前世の魂を引き継いでいるのよ」


 悪戯を見抜かれた子供みたいな表情と口調で、お姉さまが簡単に私の経歴を説明する。


 暫くその説明を興味深そうに聞いた後、サンドロは納得して頷いた。


「なるほど。違う世界ね…。だから。ああ、でも綺麗だな。異世界の魂ってこんなに綺麗なのか?ずっと見ていたくなるくらい。義理とはいえお前のとは大分違うな。いいなー。欲しいなー」


 舌なめずりせんばかりに見つめられ、少々居心地が悪い。


 そんなサンドロに、お姉さまはキッと眦を吊り上げた。


「サンドロ?」

「………」


 その一言だけで、サンドロは肩を竦め、口を閉ざす。どうやら力関係は、お姉さまの方が上のようだ。


 諦めのジェスチャーをした彼を、お姉さまが暫く睨む。そうして彼が興味の矛を完全に収めたのを確認して、改めて口を開いた。


「そんな事より、聞きたいことがあるんだけど」

「あーはいはい。珍しい綺麗なもの見せて貰えたからいいよ。何でも聞いて」


 彼は両手を軽く上げ尚も降参を表してから、部屋の片隅にあるソファセットの方へと向かい、座るように促した。




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