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18 恋と言う名の……(クラウディア視点)

 何故それが彼女に付いているのか。


 それは何者なのか。いや、そもそも彼女自身、何者なのか。


 得体の知れない怪異を持つ、得体の知れない娘ではあったが、彼女自身が気に入った事もあって、私はなるべく近くでそれと彼女を観察すべく住処を変える事を止め、彼女との接触を増やした。


 そこで分かった事は、彼女がとてつもなく純粋な『いい子』だということだ。


 偏見や嫌悪なんて欠片もない。純粋に『私』を『私』としてだけ見てくれ、『家族』として接してくれる。


 そんな相手は、今までの人生の中でいなかった。


 祖父にとっても、父母にとっても『私』は『家族』ではあったが、その前に『大きな力を持つ純血の術師』であり『魔導一族の次期当主』。そして『契約付きの忌子』。ようは一族の力の象徴であり、同時に怪異に繋がる穢れでもあった。


 力が無ければ、供物にされていた存在。力があったから、他の子供を犠牲にしても守らなければならなくなっただけの話。


 ……本当は、それだけではないのはわかっている。孫として、子供として愛してくれていたことも。でも、それも一部にすぎない。


「お姉さま」


 顔を合わせる度、嬉しそうに微笑みながら真っ直ぐに目を見返してくる。揺るぎない親愛と、曇りのない好意。


 それが嬉しくて、観察という言葉はすぐに無くなり、ただ彼女といたい。触れ合っていたい。そんな思いでいつしか、常に彼女の存在を探すようになった。


 彼女の事を考えれば胸が温かくなり、笑顔を向けられれば気分が高揚する。困った顔をしていれば、すぐに手を貸したくなるし、姿が見えない時は心配で落ち着かない。


 この状態を何というのだろう。


 以前よりもずっと気持ちも思考も落ち着かない。自分が自分でなくなってしまったような、不安定で心をもてあましているような時間。それでも、そんな状態でも「悪くない」と感じていたある日。


 この感情の名前に気付く事になった。






 その日は休日で、学園も休みだったから彼女も家にいるはず。だったら昼からはずっと一緒に過ごそう。課題の刺繍が上手にできないと嘆いていたから、それを教えて……。


 そう考えながら起きたのは、朝というより昼に近い時間。


 前日の夜は仕事で外出をしていたので、寝坊してしまったのだ。


 空腹は感じているが、どうせなら彼女と食事を摂りたい。


 最近ではずっと一緒に食事を摂っていることもあって、一人では味気なく感じてしまう。


「今の時間なら一緒に食事を摂るのは昼、だよな……」


 彼女は朝食を終えているだろうし、付き合わせると間食になってしまい、今度は昼食が摂れないかもしれない。一緒にはいたいが、彼女の生活のペースを乱させたいわけではない。


 ならば、フルーツだけ軽く摂っておこうか……。と思った時、目の端で何かが動くのに気が付いた。


 自室のある部屋の窓からは、邸の門が見える。


 その門を通り、一台の馬車が出て行く。


「?」


 父は商談の為、来週にならなければ戻って来ないし、義母は本日、友人を呼んでお茶会だから外出はないだろう。あの馬車は使用人が使うものではないから、使うとすれば彼女ということになる。


「……今、出て行ったのはアンジェか?」


 朝の連絡の為に部屋に来ていた執事に尋ねると、彼は窓を一瞥し、穏やかに頷いた。


「さようでございます。本日お嬢様は、婚約者様との親睦会の予定がありましたので」

「婚約者?いたのか?」


 私の質問に、普段あまり表情を変えない執事が目を丸くする。「知らなかったのか?」とでも言いたいような顔つきだ。


「は、はい。ケラヴィス伯爵家の嫡男だと伺っております。旦那様と奥様がご結婚される前からのお付き合いだとか」

「…………」

「クラウディオ様?」

「……ああ、いや。そうか。教えてくれてありがとう」


 婚約者。そうか、婚約者か。


 確かに改めて考えてみれば、彼女ももうすぐ17になる。婚約者くらいいるだろうし、むしろ決まった相手がいなければ心配をする年齢だ。


 それは納得できるのだが……。


 面白くない。


 胸の内に、もやもやとした黒い何かが満ちて来るようだ。


 その気持ちのまま、執事が去った後の部屋で、私は指を弾く。


「お呼びですか?」


 すぐに声をかけて来たのは、旧知の影だ。


 影は何人かいるが、私室まで来られるのは数人。それだけに信頼は厚い。


 姿は現さないままの彼に、私は彼女の外出先を尋ねると同時に、婚約者と言う男の情報を聞き、その後すぐに外出の為の支度を始めた。





 私の可愛いアンジェの婚約者は、ラウロ・ケラヴィスと言う名の男。


 年は彼女と同じ16で、学園ではなく士官学校に入っている。成績は可もなく不可もなく。実家が騎士を多く輩出している事を考えると、むしろそんな成績では不可だろう。不可に違いない。いや、不可だ。


 勝手に決めつけ、私は無理やり外出の理由をつけて街へ行く。


 馬車を下り、影の言っていた彼女と婚約者の待合場所という一軒のカフェに向かい、外から様子を伺う。


 幸いな事に彼女たちの席は、通りの窓から見える位置で…。


 婚約者の男というのは、恐らく彼女の前に座っている奴だろう。


 角度を変えて見ると、なるほど士官学校生なだけあって、年齢の割にはがっしりした体つきをしている。顔は事前に聞かされていた通り、特別いい男というわけではないが、不細工でもない。極普通。魂の輝きだって、凡庸で、魂の輝きだけで、雑踏の中こいつを探せと言われたら、無理だと答えるだろう。そのくらい平凡。


 アンジェの隣に立つには、力不足というか、何故こんな奴がと思うほどだ。


 何しろアンジェの魂は、光り輝くほど美しい。それだけではない。どういうわけか彼女はいつも否定するのだが、彼女は可愛い。単純に、純粋に可愛い顔立ちをしている。


 金の部分が多いせいか、一見すると赤というより甘いピンク色に見えるストロベリーブロンド。透き通るような緑をはめこんだ大きくて丸い瞳。小さな輪郭に納まる低めだけど形のいい鼻、ふっくらとしたサクランボ色の唇。


 背は低く、華奢だけど手足は長いし、バランスもいい。


 普段地味目にしているからわからないだろうし、周囲の人間たちもまだ子供だからと思って、化粧や着飾る事を強要していないからかもしれないが、多分もう少し大人になると、とんでもない美人になるだろう。


 それは、瓜二つで、完成系である母親を見ればわかるだろうに。


 でも、彼女がもう少しだけ成長し、そうなる頃、彼女の隣にいるのは自分ではなくあの男なのだ。


 思わず唇を噛みそうになる、その瞬間、私はある事に気付いて内心で首を傾げた。


「?機嫌が悪い?」


 質の悪いガラス越しだから、よく見えないが、アンジェの眉がいつもより数ミリ寄っている。


 何だ?どうしてだ?


 仮にも婚約者を前にしているというのに、何があった?


 私は目を眇めて彼らの様子を伺った。すると、ガラスのせいだけでなく、店内の暗さからすぐにわからなかったが、一人の女がアンジェのはす向かい…つまり婚約者の隣に座っているのが見えた。


 最初に浮かんだのは、何故?と言う疑問だった。


 執事の話でも、影の話でも二人と言う話だったのに。


 それに何と言うか…。女の小汚い魂が気にかかる。あんな汚い女を、何故アンジェに近づけるのかと。

 女は親し気に隣の婚約者に話しかけ、二人は笑いあい、やがて店を出て行く。


 アンジェを置き去りにして。


 いつまでも同席して、アンジェに汚れが移るのも嫌だから、そこはそれでいいのだが……。


 彼女の寄ったままの眉が解かれ、今度は眉尻が下がる。その顔さえも下を向いた瞬間、私の身の内を怒りと言う名の電撃が貫いた。


 一体私は何を見せられているのだ?何を見たのだ?


 貧血で血が引くと言う体験はしたことがあるが、怒りでも血は引くのだと初めて知った。


 婚約者である男は、隣にいた女と腕を組み、店を出て笑いながら雑踏の中へと消えていく。


 すぐにでも追いかけ、殴り飛ばそう。そう思いながらも、私はアンジェを一人にすることはできなかった。


 だから窓に近寄り、彼女に私の存在を教えた。


 すぐに気づいた彼女は、驚きに目を丸くしながらも、どこか嬉しいような恥ずかしいような気配を見せる。


 彼女の顔から悲しみが去った事にホッとしつつ、私は彼らとすれ違うように店内に入りアンジェに事情を聞いた。


 それによると、婚約者と言う男と一緒にいたのは、エリスと言う名の平民で、奴の従妹だという。親睦会には毎回一緒に来て、邪魔をするのだが、どうやら婚約者の方も彼女に気があるらしい。


 婚約者よりも従妹を大切にする男。


 そんな不誠実な奴が、この先私の可愛いアンジェを守れるのか?いや、否だ。むしろ奴はアンジェを不幸にする。決定だ。


 幸い、アンジェも婚約破棄を望んでいるというし。


 破棄を邪魔すると言う彼女の祖父や、あちらの家の事などどうとでもなる。私が動けば……。


 そこまで考えると、私の心は先ほどまでの息苦しさはどうしたと思うほど、急に軽くなった。自分でもその事実に戸惑うほどだ。


 その後、用事もないのに成り行きで本屋に向かい、ついでに数冊本を買う。待ち合わせ場所にまだアンジェが来ていなかったから、迎えにいくと、以前から店主に「問題のある場所」と言われていたホラーコーナーにいるので少し慌てたが、さすが怪異持ち。しっかりがっちり守られて、弱い怪異など近寄らせもしていなかった。


 そうして帰りの馬車の中、私は自分の気持ちが何というのか知る事になる。


 私の事情を何一つ知らなくても、私自身を見、存在を認め、肯定してくれる存在。心を温かく、軽くしてくれる人。


 純粋な好意だけを向けてくれる相手。


 私は彼女に恋をした。


 それは初めて感じる執着という感情を伴った、厄介なものだけれど。それでもその厄介を嬉しいと感じられるだけのものだった。




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